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「書店風雲録」(田口 久美子) [ノンフィクション]

1975年に開業以来、40年間営業してきた西武池袋百貨店内書店のリブロ池袋が今年7月20日に閉店することとなった。理由は大人の(資本の?)都合らしく、部外者にはよくわからない。とにかくその報を聞いて、この本の存在を思い出して図書館から借りて読んだ。実は前にも一度借り出したことがあるのだが、その時には読まずに返却していた(他の本を読んでるうちに借り出し期間が終わってしまったから)のだった。

書店風雲録 (ちくま文庫)

書店風雲録 (ちくま文庫)

  • 作者: 田口 久美子
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2007/01
  • メディア: 文庫


 著者は長くこのリブロに勤め、いろいろなことを経験してきた生粋の書店員である。池袋のこのとてもユニークな書店のおおまかな歴史を振り返り、現場からのレポートを詳しく書いている。この業界の特殊状況、再販制や取次配本のことなども説明されている。また、よく知った書店名がいくつも出てきて(三省堂、紀伊國屋、丸善、芳林堂、八重洲ブックセンター、ジュンク堂などなど)、それぞれの事情、特色などにも触れられていて、それも面白い。

 そんな中、この店はなんといっても西武(堤清二)の文化事業としての、百貨店内に設けられた直営の書店という立ち位置が極めて特殊だったと言えよう。それを真っ向から受けて立って面白い書店を作るべく奮闘した書店人たちとのこれまた稀有な出会いがあったのだった。

今泉店長という傑物の足跡は大きい。その言葉から引用:
>他の本屋で手に入らない本を棚にこそっと入れておくんだ。お客さんが喜んで買ってくれると嬉しいよなぁ。そういうことって本屋冥利じゃない?なんだか使命感に燃えていた。面白い本屋だと思って欲しかった。それには飽くなき探究心が必要。
>文学なんかは間口が広くて不特定のお客さんが多いけれど、思想の棚は何年かするとリピーターがついてくる。いつも同じお客さんなんだ。十人のうち八、九人はおなじみさんだ。……決めてきてくれる客を飽きさせないように、しょっちゅう棚を工夫していた。それだけ勉強もした。編集者にも著者にも会った。エキサイティングだったなぁ。……濃密な時間だった。例えば「ナショナリズム」を取り上げる、心理学から、社会学から、文学から見ても、とか色々切り口があるだろう。順々にやるわけだ。やっていて楽しかったんだ。
>売れる本より売りたい本を売れ。売れる本はだれがやっても売れるんだ。売りたい本を売るためには勉強をしろ、ビジョンを持て。

 なるほど、こんな情熱と好奇心を持っていたら、仕事が面白くて仕方ないだろう。それにしても、この人の基礎教養能力の高さを感じさせる。

 この人が1993年3月に店長をやめた後、引き継いだのが著者の田口氏で、その棚作りは、人文書、思想書を核に話題作りで集客する戦略だった。〈ポストモダン〉が隆盛だった時代背景。読者層の裾野が現代思想にとどまらず、古典哲学から歴史、社会学、文学、アートへと広いジャンルに渡った。「越境する学問」「知の組み換え」などとも称された。
 が、その「ポストモダン」も80年代後半までで急速に消えていき(思想書バブルの終わり)、90年代前半は「社会学」が主になった、と。一方エンタメ界ではミステリが高村薫の出現で大きく変わった。また「アメリカ文化」が日本の若者たちの隅々に受け入れられていく過程の情報発信基地としてリブロが機能していた、と。
 純文学と大衆文学の境界が曖昧になったことで棚の構成も一元的50音順に変えざるを得なくなったこと、とか…。

 長い期間にわたっての現場での経験から、日本人の読書傾向の大きな流れ・変化があぶり出されてくるのが興味深かった。けっして楽観できるようなものではないとしても。

 ところで、自分のその頃の読書傾向を振り返ってみると、すっぽり〈パソコン(スタンドアロン及びネット接続)との蜜月期間〉に重なって、読書時間が大幅に減っていた長きに渡る期間なのだった。当然、私はここに登場する熱心な「思想書読者」の一人ではない。もっとも確かに読書時間は減ってはいたが、購入(→積ん読)本の数はそれほどは減らず、山をなしていたのは、以前詳しく書いたとおり。だから、この本に登場する多くのベストセラー類や思想書の類はよく見知っているので懐かしいことこの上ないのだ。(←我ながらアホみたいな感想だ!)

 ちょっと難を言うと、この本、イマイチ整理がされてなくて、著者の連想のままに話題が飛んだり時代が前後したりと若干いや相当錯綜気味で読みにくいところがある。巻末に年表などあれば助かったのだが、そういう史料的配慮はあまりなく、むしろエッセイ風なのだ。それだけ著者(と仲間)の体験の生の面白さはあるのだけれども。

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