「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田 俊也) [ノンフィクション]
幼い頃、娯楽の王者はテレビであり、テレビの視聴率抜群の王者はプロレス中継であった。
しかし、父はこの番組を見るのを好まなかった(野球はよく見ていたが)。良く言えば温厚、悪く言えば小心だった父は、乱暴極まる格闘技のプロレスが場外乱闘や流血を売りにしているのを嫌ってチャンネルを変えさせたのである。その血を受け継ぐ私も、学校で話題の的になる番組とは言え執着はしなかった。なので、殆どプロレス中継は見ていない。そんな私でも力道山はよく知っている。当時の少年漫画誌にもよく登場していたし。
しかし、木村政彦という人物は知らなかった。こんな凄いレスラーいや柔道家が居たことを。無理もない、あの(この本のクライマックスで描かれる)対力道山戦(Youtubeの映像はこちら)が行われたのは私がまだ物心つかない頃だったし、その後彼の姿は表舞台から綺麗に消えてしまっていたのだから。
なんとも不穏な、目を剥くようなタイトルである。しかし、読めばこの表現も納得できる。
この本は、柔道を修めた作家が、この不世出の天才柔道家の一生を、多年に渡る綿密な調査、取材、インタビュー、研究を重ねた上で克明に描き出した大著だ。そこにはリスペクトが充満している。
読めば読むほど、この柔道の天才、その破天荒な生き方、放縦さと苦難、に圧倒される。こんな凄い、人間離れした強さの人物が存在したとは!
700頁近い分厚さで上下二段組の大部な本で、冒頭100頁くらいまでは、資料的データの羅列が多く冗長で、読み進めるのが辛かったが、徐々に(戦争、戦後の時期にさしかかって)面白くなり、読むスピードは速まった。
ただただ強くなること勝つことをのみ追究した柔道家が、食い詰め、いかに必死に生き妻子を養い、プロレス興行に活路を求めて行ったか、GHQの政策の前に講道館がいかに変質せざるを得なかったか、そして、因縁の力道山戦、その無残な敗北へ、と。さらにその後のトラウマを一生涯背負って生き続けた人生の転変。圧巻の極みだ。歳を重ねても強さが揺らがないところを見ても、まさに「化け物」。その人間性、慕う者引きも切らずの魅力も十分に描かれる。
それにしても、力道山というのは私の暢気な子供の頃は「英雄」的なイメージしかなかったのだが、これを読むとなんとも狡猾悪辣卑劣な人間に思えてくる。
日本の近現代史の中で武道が果たした役割、政治との関わり、興行界の裏社会の有り様なども実に興味深く語られる。通常の歴史書には欠けた要素が豊富に出てくる。眼から鱗の視点である(そっちの方の詳しい話も知りたくなる)。夥しい数の登場人物と証言者たち。実に興味深い。
思い返すと、あの戦争という巨大な惨禍が、いかに多くの人々の運命と人生を狂わせ、苦しめたか、というその諸相の一つとして迫力を持って迫ってくる(力道山とてその中の翻弄されたコマの一人)。
量的に読むのは大変だけれど、お薦めの一冊。
※ちなみに、著者はなんとSFも書くようだ。大森望編の最新刊「NOVA-7」に作品が発表されたらしい。びっくり。
しかし、父はこの番組を見るのを好まなかった(野球はよく見ていたが)。良く言えば温厚、悪く言えば小心だった父は、乱暴極まる格闘技のプロレスが場外乱闘や流血を売りにしているのを嫌ってチャンネルを変えさせたのである。その血を受け継ぐ私も、学校で話題の的になる番組とは言え執着はしなかった。なので、殆どプロレス中継は見ていない。そんな私でも力道山はよく知っている。当時の少年漫画誌にもよく登場していたし。
しかし、木村政彦という人物は知らなかった。こんな凄いレスラーいや柔道家が居たことを。無理もない、あの(この本のクライマックスで描かれる)対力道山戦(Youtubeの映像はこちら)が行われたのは私がまだ物心つかない頃だったし、その後彼の姿は表舞台から綺麗に消えてしまっていたのだから。
なんとも不穏な、目を剥くようなタイトルである。しかし、読めばこの表現も納得できる。
この本は、柔道を修めた作家が、この不世出の天才柔道家の一生を、多年に渡る綿密な調査、取材、インタビュー、研究を重ねた上で克明に描き出した大著だ。そこにはリスペクトが充満している。
読めば読むほど、この柔道の天才、その破天荒な生き方、放縦さと苦難、に圧倒される。こんな凄い、人間離れした強さの人物が存在したとは!
700頁近い分厚さで上下二段組の大部な本で、冒頭100頁くらいまでは、資料的データの羅列が多く冗長で、読み進めるのが辛かったが、徐々に(戦争、戦後の時期にさしかかって)面白くなり、読むスピードは速まった。
ただただ強くなること勝つことをのみ追究した柔道家が、食い詰め、いかに必死に生き妻子を養い、プロレス興行に活路を求めて行ったか、GHQの政策の前に講道館がいかに変質せざるを得なかったか、そして、因縁の力道山戦、その無残な敗北へ、と。さらにその後のトラウマを一生涯背負って生き続けた人生の転変。圧巻の極みだ。歳を重ねても強さが揺らがないところを見ても、まさに「化け物」。その人間性、慕う者引きも切らずの魅力も十分に描かれる。
それにしても、力道山というのは私の暢気な子供の頃は「英雄」的なイメージしかなかったのだが、これを読むとなんとも狡猾悪辣卑劣な人間に思えてくる。
日本の近現代史の中で武道が果たした役割、政治との関わり、興行界の裏社会の有り様なども実に興味深く語られる。通常の歴史書には欠けた要素が豊富に出てくる。眼から鱗の視点である(そっちの方の詳しい話も知りたくなる)。夥しい数の登場人物と証言者たち。実に興味深い。
思い返すと、あの戦争という巨大な惨禍が、いかに多くの人々の運命と人生を狂わせ、苦しめたか、というその諸相の一つとして迫力を持って迫ってくる(力道山とてその中の翻弄されたコマの一人)。
量的に読むのは大変だけれど、お薦めの一冊。
※ちなみに、著者はなんとSFも書くようだ。大森望編の最新刊「NOVA-7」に作品が発表されたらしい。びっくり。
第43回(平成24年度)大宅壮一ノンフィクション賞受賞しました。
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by ask (2012-04-10 19:25)