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「海賊とよばれた男」(百田 尚樹) [小説]

 いやはや、なんという激しい人生だろう。こんな人物が居たとは迂闊にも知らなかった。
 マイカテゴリーとしては「小説」のカテに入れたが、ノンフィクションノベルである。出光興産の創業者・出光佐三(文中ではこの本名でなく「国岡鐡造」という仮名を使っている)の凄まじい苦闘の生涯を描いている。他の登場人物も仮名のようなので、ノンフィクションではなく、あくまでも〈事実を元に脚色構成した小説〉である、ということなのだろう。つまり、あらかた事実で構成されているとはいえ、歴史小説のように作者の解釈・推測による創作部分(特に会話シーン)が相当大きいウェイトを占める、ということではないか?しかし、読んでいるときは、その迫真力によって、まさに事実そのもののドキュメントという感じで読み進めた。そして、涙腺刺激度が非常に強い。何度も目頭が熱くなった。この辺の作者のテクニックは絶妙に上手い。

海賊とよばれた男 上

海賊とよばれた男 上

  • 作者: 百田 尚樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/07/12
  • メディア: 単行本

海賊とよばれた男 下

海賊とよばれた男 下

  • 作者: 百田 尚樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/07/12
  • メディア: 単行本


 若い頃から順番に時系列で語るのでなく、いきなり終戦から始まって第一章「朱夏」(昭和20〜22年)で、会社の資産をすべて失った後の、それでも馘首は一切せず、ラジオ修理などでしのぎ、海軍の残した石油タンクの底にわずかに残った泥水混じりの石油の汲み出し作業という過酷な労役に従事し、公職追放を撤回させ、第二章「青春」(明治18〜昭和20年)で少年時代に戻り、進学後石油という商品の将来性に注目し、鈴木商店を蹴って田舎の零細小売店に就職して丁稚奉公をし、すぐに独立して石油の小売業を始め、海上に漕ぎ出して軽油を売るという奇手で旋風を巻き起こす。国内の規制の強さに海外市場に活路を求め満州に進出し、新調合の蒸気機関車用潤滑油で外国石油に勝ち売り込みに成功。と戦前の苦労は多くても順調な発展が描かれる。驚くべきはその社風。生産者と消費者を直接つなぎ、社員は家族という人間尊重の理念のもと、クビなし、定年なし、出勤簿もタイムカードもなし、労働組合なし、という常識外の人事制度。社員の優秀さ勤勉さの異様なまでの高さ。やがて石油禁輸が起こり戦争へ、店員の海外派遣での活躍。そして敗戦ですべてを失って再出発。
 下巻の第三章「白秋」(昭和22〜28年)で、石油業に再登場し、GHQの干渉と戦い、自前のタンカーという武器を得、直輸入でさらに発展する。石油メジャーとの対決。石油国有化騒動で窮地に陥ったイランからの石油搬送という難事業に挑み見事成功する。この過程の交渉や事務的な仕事の困難さも詳述してまさにリアルな描写が続く。この小説の白眉だ。第四章「玄冬」(昭和28〜49年)でもまだ戦いは続き、ガルフ石油との対等提携、石油精製工場の建設、シー・バース方式の採用、石油連盟との闘争。オイルショック。息も継がせぬ戦いの連続だ。なんという闘魂とタフネス!
 青春・朱夏・白秋・玄冬という普通の人生の四区分を章立てにしているが、この人にこの区分は似合わないと思う。生涯終わりまでずーっと朱夏が続いている!いやもうこれは青春と言ったほうがいいのかも。

 業界の悪しき慣例という空気に逆らい、外国石油資本の横暴に屈せず、毅然とした態度で筋を通し妥協せず、単に私企業の利益追求でなく日本国家のために尽くすという真摯な姿勢が、銀行家や官僚さらには外国人にまで多くの心酔者を得る。
 90歳を超えた高齢にしてなお勉強を続けたというその活力には参った!というしかない。全く凄い人物が居たものだ。

 今や「オイルピーク」の時代を迎え、石油枯渇が現実化しつつあるこの頃合いに、石油全盛期を使命感を持って担った人物の伝記を読むというのは、単に偉人伝として位置づけるだけでは済まない。鐡造は満足して幸福な生涯を終えたが、石油にジャブジャブ浸かりきったライフスタイルに対する反省的な部分が皆無なわけではない。



(個人的余談)
この下巻335ページに、三代目日章丸(13万トン)に続く、当時世界最大の21万トンタンカー出光丸の建造の話が出てきて、その竣工お披露目に全国の中学生1万五千人が招待された、という記述があるが、実は私はその中に居た。これがその時の記念写真である(クリックで拡大)。昔のアルバムをひっくり返して探しだした。
idemitsumaru.jpg

 このときには勿論出光という会社がこんな波瀾万丈、悪戦苦闘の歴史を持ったすごい会社だということは知らなかった。ただただ、とてつもないデカさのタンカーを目の当たりにして圧倒された。特に印象に残っているのは錨の鎖の1個の一抱えもあるほどの大きさ。
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