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「ユニコード戦記―文字符号の国際標準化バトル」(小林 龍生) [言葉]

 アスキーネット時代からのオンライン知り合いである小形克宏氏@ogwataのツイートで知った本。(本人もあとがきで登場)

ユニコード戦記 ─文字符号の国際標準化バトル

ユニコード戦記 ─文字符号の国際標準化バトル

  • 作者: 小林龍生
  • 出版社/メーカー: 東京電機大学出版局
  • 発売日: 2011/06/10
  • メディア: 単行本

 本書はユニコード策定作業に日本から参加して、夥しい各国文字の符号化・国際的標準化の混乱、複雑怪奇を極める〈戦場〉で戦い続けてきた男(と表記すべきだろうか?)の手記である。

 そもそも漢字コードについて意識していたのは以前このブログで「第二水準漢字と私」でも書いたように、PC-9801でパソコンで漢字入力ができるようになって夢中になって文章入力をしていた頃で、マニュアルの巻末に掲載されていたJIS漢字コード表に慣れ親しんだ時代だった(なにしろコード入力しかなかったのだ)。
 その後、日本語入力フロントエンドプロセッサ(FEP)でかな漢字変換出来るようになってコード表を見ることは殆どなくなった。
 そのうちに時代は移って、いまやPC上ではユニコードが当たり前になったわけだが、私はこの変化に殆ど無頓着な末端ユーザーに過ぎなかった。その裏で、かくも激しい「戦い」が行われていたとは!
 その過程をつぶさに回顧し、要所要所の戦いの記録を綴る。貴重な証言だ。組織・会議の略称や技術用語が頻出して、若干読みにくく急いで読んだため完全な理解には至っていないのだが、それでも非常にエキサイティングな本だ。

 漢字については、これを見ればわかるように、(ひたがなカタカナは先行して定められた経緯もあって、そっくりそのままかたまってあるが)CJK(China,Japan,Korea)統合漢字という一括りにまとめられていて、見慣れたJIS漢字コード表の面影は全くない。このことはおぼろげながら聞いていたことで、随分乱暴なことをするなぁ的な感想(JISコード表へのノスタルジー?)を持ってはいたのだが、今更コード入力するためにこの表と首っ引きでにらめっこするわけでなし、実害は無かろう。それよりも標準化の恩恵のほうが大きいのだ、と。
 ハードウェアの進歩(処理速度向上、メモリ空間増大)と、ソフト対応の進捗が、ユニコードの冗長性ゆえの負荷を帳消しにして実用に耐えるものになっているのだ。いや、漢字以外の多言語対応の効果としては「実用」と言う以上に、〈顔文字〉の膨大なバリエーション(例 ლ(╹◡╹ლ) ( ◜◡◝ ) ƪƪ(•̃͡ε•̃͡)(•̃͡ε•̃͡)∫ʃ )が作られるという、どーでもいいような副産物しか今のところ私にとっては意味が無いのだけれど。

 著者はジャストシステム社員になったことからこの世界に関わるようになったわけだが、基本的に〈文系〉の人である。その素養ゆえ、文字コード《文字》というものが、自然言語として豊かな文化的背景と文脈を含んだ、時に曖昧で流動的な〘文字〙との間に隙間があるが乖離してはならない、という強い哲学と使命感を持って仕事に臨み、それを他のメンバーに理解させようと奮闘しているのが称賛に値する。良い人材を日本は得ていたのだなぁ、と思わずにはいられない。

 もともと極めて貧弱だった著者の英語力(会話力、プレゼンテーション力、交渉力)を涵養していく過程も詳しく描き、あまたの人々との交流、協力、丁々発止の対決の経験によって上達・成長してきた様子を描くと同時に、プロとしての人間的成長も示される。一種のビルドゥングス・ロマンにもなっているのだ。
 その成長は一個人としてのそれにとどまらず、ユニコードという技術的次元の存在をいかに各言語の持つ文化的背景に寄り添うものとして具現化するかという、いわば壮大な人類的課題にも答えるものであった、という点で素晴らしい。単に日本語のためだけでなく、国際的な視野を持って他国の標準化にも心を砕くさまが見て取れる。
 多彩な人々の魂との関わり、交流がここにある。感動的な物語だ。文字とコンピュータに興味のあるすべての人におすすめ。
タグ:日本語
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duznamak

askさんのこの記事を読んで、面白そうだと思い、読んでみました(どうでも良いですが、Amazonスゲー、って思いました。注文ボタンを押してから読了まで20時間かかってない)。
面白かったです。特に、異なるグリフをどう表現するか、という話に興味をひかれました。僕自身、姓にいわゆる「タツ崎」が入っているので。

僕の場合、小学生の頃に家にあったPC8801Mk-IIでN88漢字BASICをいじって遊んだ、というのがコンピューターで漢字を扱った最初の記憶です。家の物置から探しだしてきた漢字コード表から画数の多い漢字を見つけて入力してみたり、適当なコードを入力してみたり。
中1の時にWindows95が発売されたのですが、ジャストシステムという会社を知ったのは、その時でした。当時のATOKや一太郎は、MS IMEやWORDとは比べ物にならないほど使いやすかった記憶があります。
・・・・・・と、そんなこんなの懐かしい諸々を思い出しつつの、楽しい読書になりました。

文体や作風をドラマチックなものにしようとして失敗しているのが最大の欠点ですね。あと、askさんもおっしゃっているように、組織等の略称が多くて、ストーリーがすんなりと入ってきません。技術用語の説明も、正直下手くそだし。
by duznamak (2012-11-09 03:43) 

ask

>小学生の頃に家にあったPC8801Mk-II
う〜ん、世代差を感じてしまう…。

>文体や作風をドラマチックなものにしようとして失敗しているのが最大の欠点
文学的表現力はイマイチですね。ただ、一人称で、個人的な体験記としているので生のリアリティはあるかと。その分客観的資料性は落ちますが。
by ask (2012-11-10 10:37) 

duznamak

> 生のリアリティはある

 そうなんですよね。であればこそ、むしろ事実を淡々と述べていくような文体が合うし、その方が迫力も出ると思うのに・・・。


> 世代差

 こないだ研究室の後輩に、「Windows MEに比べてWindows 2000はブルースクリーンが出にくくて良かった」みたいな話をしたら、彼は「Windows ME」も「Windows 2000」も「ブルースクリーン」も知りませんでした。僕も僕で、世代差を感じることが多い今日この頃です。
 ・・・って、マカーのaskさんにはあまり縁の無い話だったりするのかしらん?
by duznamak (2012-11-11 20:25) 

ask

>「Windows ME」も「Windows 2000」も「ブルースクリーン」も知りませんでした。
初めて触ったのが XP ということですかね?
まぁ、どんな人でもいずれは世代差を感じるのでしょうが、ITの進歩の関連でその度合は高まっているんでしょう。カセットテープを知らないとか…。
そのうちCDも見たことないって子が現れるのはもう時間の問題だし。
by ask (2012-11-12 00:14) 

duznamak

WORDとかの「保存」アイコンの正体が分からない、とかは既に結構な割合でいるんでしょうね。
by duznamak (2012-11-13 11:42) 

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