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「わたしたちが孤児だったころ」(カズオ イシグロ) [小説]

カズオ・イシグロの作品は初めて。
 現代イギリス文学を代表するとまで言われるこの作家のことは勿論随分前から知っていたが、ちょっと手を出しにくい雰囲気を感じていた。いわゆるガチに純文学っぽい、つまりは退屈なんじゃないの?という先入観だ。「ブッカー賞」を受けたという「日の名残り」にしても、タイトルからしてそれっぽいじゃないか、と。
 が、近作の「わたしを離さないで」はなんと移植用臓器を得るために育てられるクローン人間たちを主人公にしたSFだということを知って、少し興味が出てきていた。実は、SFプロパーでない作家が下手にSFに手を出すとろくなことにならない、という感じは昔からしていて、あまり期待はしていないのだけれども、評価は結構高いようなので、いずれ読んで見ようかとは思っていた。
 ま、そんな程度の認識だったのだが、図書館でたまたま見かけたこの作品、なぜか「呼んでる」気がして手にとって借りて来た。

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)

  • 作者: カズオ イシグロ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2001/04
  • メディア: 単行本

 物語の世界に入っていくのにやや手間取ったが、半分過ぎた辺りからやっとノッてきた。
 1900年代初め上海の租界地で幼年時代を過ごした主人公クリストファーの幸福な時代、友人との交流。一転して父、続いて母までも謎の失踪を遂げて、人生は一変する。そのトラウマを抱えてイギリスの叔母のもとで成長し、やがて〈探偵〉になって成功し、両親を探しだそうと上海へ戻る、というストーリーなのだが、いやもう何というか、「まとも」じゃない。「数奇」過ぎる。というか、リアリズムじゃなくて、シュールなまでの混乱と転変に満ちている。なんじゃ、こりゃあ〜〜!である。
 大体この〈探偵〉というのがまともじゃない。ミステリー仕立てでそこは面白く興味深いのだが、推理が主体な「本格」ものでは全くない。むしろ〈ネタ〉扱いではないか。

 ところで、探偵が主人公で一人称で語る推理小説、というのは(勿論沢山あるんだろうが)基本的にあり得るんだろうか?という疑問がある。「安楽椅子探偵」(三人称)は極端な形だが、名探偵が鮮やかに謎を解き明かす、というのがそもそもご都合主義の極致であると私は常々感じていて、その推理にどうやって到達したのか、の思考推論過程が説明的に明確に言語化されて描かれることはまずない。探偵の心の中はブラックボックスのままで、いかにも不自然に構築された殺害方法の真相に、どういう要素をどのように連結統合して真犯人に辿りついたか、なぜそうなるのかを克明に説明した作品というものに出会ったことがないのだ。(これは私がミステリーをあまり読まないからに過ぎず、世の中にはそういう作品もあるのに知らないだけかも知れないので、そういう作品を知ってる方には是非教えてもらいたいものだ。)
 なので、探偵のインスピレーション的洞察に感嘆する、ということがなく、全てのピースがかっちりと収まる、という展開は本来カタルシスをもたらす筈なんだろうが、「へー(棒」みたいな感想しか抱けず、aha!体験が得にくいのだ。(因果な性格?)

 さて、この作品はそもそも謎解きミステリとはまるで違う。せっかく探偵本人が一人称で語るのに、上述したような内心での推理過程が全く表記されない。途中関わったいくつかの殺人事件の捜査への取り組みが描かれるにもかかわらず。いつどこで誰がどうやって殺されたか、という基本データすら示されない。大体、それら事件は本筋には関係なく、彼の生活の大きなしかし瑣末な一部としてしか位置づけられていないのである。つまり、作者は普通の推理小説を書くつもりなど無く、作風をそれまでのリアリティから一歩踏み出して、より幻想寄りに変えたらしいのだ。主人公の言動も周りの人たちのそれも、どこかヘンで錯綜している。これは新しい!と言えるかも。

 最大の謎は、両親の失踪の真相なのだが、その解明は謎解きとは言えない。そこに至る過程での上海での行動の、かなり奇矯な展開こそがこの小説のキモなのだ。日中戦争の激しい戦闘地域を命からがらさまよう場面などは悪夢のような印象。
 回想がやたらと多く挿入されて時制が行きつ戻りつするので、読みにくいものの、租界地の有様などの部分が面白くはあった。

 というわけで、いささか狐につままれたような印象の残る作品だった。

タグ:ご都合主義
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