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「猫を抱いて象と泳ぐ 」(小川 洋子) [小説]

 チェスを描いた小説である。それも尋常な設定ではない。〈自動チェス人形〉の中に潜んで操る少年の数奇な運命を辿っている。
猫を抱いて象と泳ぐ

猫を抱いて象と泳ぐ

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/01/09
  • メディア: 単行本
 私はチェスはやったことが無いし、将棋も殆どわからないのだが、勿論それはこの小説を読む上で全く障害にはならない。
 小川洋子という作家は、なんと言うか「異様」な作家という印象がある。(勿論、作家ではなく作品が、である。)題材が変わっている。まともではない世界、と言って悪ければ極めて特殊な世界を描いている。一種「異形」の世界とも言える。本屋大賞を受賞した「博士の愛した数式」が最も有名だろうが、私は映画(寺尾聡主演)は見たが、小説の方は読んでない。読むのはこれが初めてなのだが、いやはや何とも凄い。異様な世界だが、極めて美しい、幸福な世界だ。

 デパート屋上から降りられなくなって一生を終えた象インディラをその死後慕い続ける、孤独で物静かな少年と、古いバス車両を住まいにしている師匠との運命的な出会い。その飼い猫ポーンを抱いてチェス盤の下に潜り込むでチェスを打つというスタイルの形成。超肥満のための師匠の死の衝撃。チェス倶楽部地下の秘密めいた会場で、昔のトルコ人チェス人形を模した人形の中に潜って操り、天才的な技量で客の相手をする仕事。その介添え役の薄幸の少女との温かな心の交流。老婆令嬢とのチェス。人形が乱暴な客に破壊され…。

 チェスの手合わせが何度となく描かれるのだが、なんという深遠な世界だろう。打ち手の人生が、性格が、生き方が、感情と知恵がその指し手、息づかい、駒の動かし方などに如実に現れる。それは対話であり、共同して盤上に一つの世界を作り上げることなのだった。彼は驚異的な能力であらゆる相手と共鳴しつつ、その都度全く違った見事な棋譜を展開する。「彼と対局した全ての人々が『生涯で最高のチェスだった』と語った。」

 小川洋子の描写力は素晴らしい。少年は全く口を開かないのに、かくも雄弁な指し手は居ないだろう。〈設定の勝利〉ではない。作家の構築し展開する世界の例えようも無い美しさの勝利だ。

 チェスよりも将棋の方がさらに奥深い筈なのだが、この小説のような内奥の世界を描写した文章にはお目にかかったことがない。私が寡聞なだけかも知れないが、日本に「将棋文学」というのはあるんだろうか?「ハチワンダイバー」という漫画があるらしいのだが、あれも将棋盤の世界を海に例えて「潜る」という比喩を使っているようだが、どうなんだろう?
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