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「白鯨」という本 [小説]

について書こうと思うが、別にレビューではない。読んでいないのだから(!)書評を書ける筈もない。しかしある種〈気になる本〉ではある。
 なぜ気になるのか?
 誰でもこの作品の存在は知っているだろう。しかし、全文を読み通した人は稀である。グレゴリー・ペック主演の映画は見た。だからストーリーはおおよそ知っている。エイハブ船長が片足を食いちぎられた復讐心にかられ、世界中の海を巡って追い求める話、と。でも、そこまで。
 そもそもこの小説は、〈やたら長くて退屈な小説〉の典型らしい。ジョークでそういう役回りを与えられているようだ。例えばある結婚式で神父が持っていたのは聖書でなくこの本だった、とか。やたらと重厚長大で晦渋な作品の代名詞というイメージ。
 実際、全訳本を手に取ってパラパラとめくってみたことがあるが、「こりゃとても読めそうにないな」と早々に棚に戻した。本筋と関係ない、航海術やら捕鯨に関する技術的な蘊蓄が延々と続いたりしているのである。巨大な白いマッコウクジラという「海獣」にして「怪獣」なのは面白そうなのだが、「晦渋」なのはカンベン、である。という訳で、いまだに私は読んでいない(睡眠導入剤代わりとしても)。あの光文社古典文庫にもまず入る見込みはなかろう。読みやすい新訳、というのがあり得ない作品なのだ。

 高校2年生の時、英語の副読本に「白鯨」のダイジェスト本が与えられたことがある。その本のあとがき解説に「発表された当時、小説を楽しみとする人々には受け入れられなかった」と書いてあったのを覚えている。つまり、文学的には価値があったのに、というニュアンスなのだった。
 その頃、凄い読書家(ニーチェなどを耽読していた)の頭脳明晰、弁舌鮮やかな同級生が居て、いつも圧倒され驚嘆させられていたのだが、担任の国語教師が最初のホームルームで全員に自己紹介をさせた時に「ちなみに『趣味は読書です』というのは無しだぞ。読書というのは趣味でするもんじゃなくて、しなければいけないものなんだからね」と機先を制したのだが、彼は「先生には悪いけど、それでも趣味は読書です」と言ってのけた人物だ。実際いつも本を手放さなかった。その彼が別の時に「白鯨は面白くない」と言ったのを聞いて、私は合点がいく気がした。ふむ、つまり読書を趣味とする彼にはウケない、ということとあの本の解説とは符合するじゃないか、と。それはつまり、ハイレベルな文学少年であるように見える彼も実はそうではなく、娯楽(=趣味)読者であることになるではないか。彼でも理解できない深遠な文学世界が「白鯨」にはあるのか、と。そう思った記憶がある。
 となると、どんな世界なのか知りたくもあるが、彼ですら達し得ない境地の小説なんてとてもとても自分には歯が立つ訳がない、と考え、数十年後の今でも読む気にならない私であった。おそらく一生読まないだろう。

 余談だが、このモービーディックという存在は、読む人によって〈悪の化身〉とも逆に〈善の顕現〉とも受け取られる、という解説も読んだ記憶がある。アメリカ人がただ油を採るためだけに鯨を虐殺しまくっていた昔から、今やファナティックなまでに反捕鯨論者が増えた現在では、当然後者の見方の方が優勢なのだろうな、などというのは浅い考えか?

タグ:読書
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コメント 4

船長

 『白鯨』の縮約版に関する情報を検索するなか、こちらに訪れました。

>彼でも理解できない深遠な文学世界が「白鯨」にはあるのか、と。そう思った

 あなたの直感は、絶対的に正しいです。
 さらに言うなら、『白鯨』のなかには、後のニーチェの思想にも通じる精神が見受けられます。お友達は、ニーチェの作品もまるで理解していなかったでしょう。

>〈やたら長くて退屈な小説〉の典型

 たしかに、そうした「典型」とされるかもしれないが、それは、読んでいない人か、あるいは何一つ読み取れなかった人にとっての「典型」でしかない。
 わたしは、こんなに面白い作品は、他に類を見ないと思います。
 善悪を超えた、遥かに深淵な問題が、ここで挑まれている。

 僭越ながら、わたしの『白鯨』論の草稿から一ページをリンクしておきますので、よければ御覧ください。http://qq3q.biz/ohZa

 先入観を棄てて、あの大海にあなたも飛び込んでみるべきです。
by 船長 (2015-10-02 17:52) 

ask

船長さん、はじめまして。ようこそ、この拙いブログへ。コメント有難うございます。
 7年も前に書いた記事にコメントが付くなんて、ストックとしてのブログの価値を今更のように如実に示されて嬉しいです。

>『白鯨』の縮約版に関する情報を検索するなか、こちらに訪れました。
この検索、再現してみようとしましたが、出来ませんでした。「白鯨」+「縮約」とかいくつかキーワードを試したんですが…。

>わたしの『白鯨』論の草稿から一ページをリンクしておきます
 拝見しました。いやぁ〜難しいです。特にキリスト教に関する知識がまるで不足している私には。

>先入観を棄てて、あの大海にあなたも飛び込んでみるべきです。
 「では早速読んでみましょう」とは軽々しく返答できないのが辛いところです。残された時間はあまり長くなく、読みたい本は山積みになっていて、絶対に全ては読みきれない量なのです。
by ask (2015-10-03 18:56) 

ask

先程「白鯨」+「ダイジェスト」でググったら、見事最初のページの最後、つまり10番目に表示されました。
なるほどこれでヒットしたんですね。
(些細な事ですが、ちょっと気になってたのが解消されました)
by ask (2015-10-03 19:14) 

船長

 askさん、とても丁寧なお返事、心から感謝いたします。

>残された時間はあまり長くなく
 そうなのですか…。しかし、その時間のなかでも、読みたい本を読もうとされているaskさんに、人間として敬意を覚えます。

 リンクの文章、晦渋な書き方をしており、申し訳ありません。
 突き詰めるなら、わたしが思うに『白鯨』とは、あらゆる意味が分からなくなった世界で人間はどう生きればよいのか、という問いを追究している作品です。
 そして、どう生きればよいのか分からずもがいている人間の姿こそ、真実であり、人間が生きるべき道なのだ、と、メルヴィルはそのなかで答えたのだと思います。
 だから、僕は、これは最高の文学作品だと思うのです。

 askさんが、かりに『白鯨』を読まれなかったとしても、これはそのように美しい作品であるのだという印象を、記憶の片隅にでも置いてくださるのなら、僕はそれだけで、泣きたくなるほど嬉しくなります。

 いきなり訪れておいて、また長文を書いたりして、不躾なわたしをどうぞお赦しください。
by 船長 (2015-10-04 03:41) 

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