「転生夢現」(莫 言) [小説]
転生夢現 上・下
- 作者: 莫 言
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2008/02
- メディア: 単行本
作者の莫言(モオ・イエン)は「アジアで最もノーベル賞に近い作家」だと言う。チャン・イーモウのデビュー作「紅いコーリャン」という映画の原作者だが、実は知らなかった。多作な人だが、読むのは初めてだ。上下2巻、800ページ以上の大作。主に通勤中に読んだので10日もかかってしまった。
いやはや凄い小説だ。NHKBS2の「週刊ブックレビュー」で、いしいしんじ氏が「今まで読んだ小説の中で一番面白い!」みたいなことを言っていたので買って読んだのだが、なるほど、である。
1950年から現在までの中国の激動の歴史を背景に、作者の出身地である中国山東省で土地改革で銃殺された地主・西門鬧が、その怨恨を閻魔大王に訴え、現世に転生するのだが、それがなんとヒトでなく、ロバ、牛、豚、犬、猿へと次々に転生し、近親者の身近に寄り添いながら激動の時代の推移をミクロな視点でつぶさに見るのだ。ここには〈設定の勝利〉と言うべきものがある。動物への生まれ変わりというのはファンタジー的な面白さ、動物の立場での生理や心理の描写の興味深さがあって引き込まれるのだが、この作品の狙いは、そこではなく、あくまでも人間社会の現実の動きを描くことにあるだろう。(だから「夢幻」でなく「夢現」なのだ)
それにしてもこの50年間の中国の変転はまたなんという激動だろう。毛沢東時代の大躍進・文化大革命、一転しての改革開放、その荒波の中で翻弄される10億の民衆のサンプルがここにある。西門家ゆかりの多彩な人々が辿る数奇な運命の劇的な展開。そのすさまじいエネルギー。いささか常軌を逸した行状がこれでもかとばかりに展開するのだが、あの国ならばかくもあらん、という印象で圧倒される。
私は中国現代史については一定の知識はあるつもりだが、こういう民衆の視点での等身大の生活の描写には、単に上の方の政治史を通覧するだけでは見えて来ないリアリティの迫力がある。作者の筆力は驚嘆すべきものだ。
以前に「中国の不思議な資本主義」や 「中国に人民元はない」を読んで、あの国の一筋縄では行かない文化をあらためて知らされた私だが、この作品では国柄は異なれど人間の真実の普遍性というものを、極端な形ではあれ、再認識させられたように感じる。
強くおすすめするが、各巻2800円と高いので、図書館などで借りてでも読むべき作品。
莫言氏2012年度ノーベル文学賞受賞!
by ask (2012-10-11 21:08)