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宇宙の果てはどうなっているのか? [表面積]

…という質問が、Q&Aサイト「Yahoo!知恵袋」の「教養と学問・サイエンス」カテゴリーで繰り返し何度も何度もなされるFAQである、というを以前書いた。
 先ほど調べたら、「宇宙の果て」で353件、「〜の外」で118件、「〜の外側」で86件の質問がヒットした。この中には「宇宙の果てまで飛んで行け!」のような修辞的表現のものも含まれるので実際はもう少し少ないのだが、それにしても大変なFrequentぶりではある。しかも、それぞれの問いにいくつものそれなりの回答が寄せられている。飽きもせず回答する方々には「頭が下がる」としか言いようがない。
 で、この問題についてあらためて考えてみた。
 この問題には諸説があり、また私も系統的に勉強している訳ではないので、現時点でのこれが通説と言えるのかどうかすらわからないまま書くので、話半分に読んで欲しい。
(ちなみに, これは「表面積ネタ」第5弾とも言える。)

 次元の数を一つ少なくした例え話がよくなされる。
 丸い風船の表面(二次元)の面積は有限であるが、特に〈果て〉というものはない。この表面に住んでいる二次元生物(蟻のような)が居たとして、どこまでも歩いていくとまた元の場所に戻ってしまう。この風船は明らかに三次元の存在であり、一見二次元にしか見えない表面も三次元的に曲がっている。この生物は三次元を認識できないので、それには気づかない訳だ。あえて「果てはどこか?」と言われれば、「あらゆる場所が果てであり、なおかつ中心でもある」ということになろう。
 これに次元を一つ加えたものが我々の居る宇宙であり、つまりこの宇宙の三次元空間は【四次元超球体の表面】に他ならない、と。
 わかったような、わからない話ではある。この場合の4つめの次元はよく言う「時間」ではなく、あくまでもX、Y、Zの空間軸全てに直交する「アサッテ」方向の長さの次元である。勿論我々にはそれは感知出来ないし、想像を絶している。

 以前から私が持っていたイメージは、【広大な四次元空間というものが先にあって、その中でビッグバン以来膨張し続ける超球体がある】というものだったが、どうも違うのではないか?という気がして来ている。それだとすると、宇宙の外に実質としての空間があることになる(とは言っても我々三次元生物にはそれがあることすら認識出来ない)のだが、まぁそういう考え方もあり、その四次元の超空間の中に我々の宇宙とは別の宇宙が無数に存在するという「マルチバース」などという考え方もあるのだが、そんなもの検証しようも無いではないか?!
 それより、次元は宇宙(というか実在)なしにはあり得ないので、四次元(的な曲がりの)要素もあくまでもこの宇宙独自のというか、この宇宙自体が四次元な曲率を持っているだけと考える方が無理が無いのではなかろうか?
 宇宙の外側には四次元空間が〈実質〉として広がっている、のではなく、宇宙はこれだけで自閉的に閉じており、外側にも内側にも空間は無い、というのが腑に落ちる解釈なのである。

 ところで、この宇宙はなぜ存在するのか、という問い、またプランク定数や光速度などの物理定数はなぜその値なのか?といった問いに対する答えは、無い。
 「神が創造したから」というのは説明になっていない。「では、そのはなぜ生まれたのか?」ということになってキリがないからである。「神のような絶対的な超越的存在に対してそういう問いは意味をなさない」と言われても、それは只の「判断停止」に過ぎず、結局は宗教も不可知論となんら変わるところはないのだ。


タグ:宇宙
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コメント 3

duznamak

 宇宙の話は面白いですよね。

 最近の宇宙論では、「宇宙は曲率0で開いていて、その広がりは無限大」というモデルで固まりつつあるようですよ。言ってる僕自身、全くイメージが湧きませんけど・・・・・・。


>「神が創造したから」というのは説明になっていない。

 うーん、必ずしもそうとは言えないと思います。うまく説明できませんが、神を「我々の宇宙」の中に含めてはいけないと言うか・・・。仮に創造者がいるとするなら、定義からして、それは必ず「外」にいるはずですよね。ですから、「神が創造したから」という答えと「では、その神はなぜ生まれたのか?」という疑問とは、無関係だと思うのです。
 たとえば、マンガか何かの登場人物が「なぜこの世界は存在するのだろう?」という疑問を発したとします。それに対して別の登場人物が「作者が描いたからに決まってるやん」と答える。これはこれで、質問に対する答えとして、きちんと完結していると思うんです。
 むろん、答えが完結していることと、答えが妥当であることは別ですが。

 なにやら変てこな喩え話になってしまってすみません。

 まぁ、「この宇宙はなぜ存在するのか」という問いに対して、現時点で科学が出しうる回答は、「よう分からん」でしょうね。
by duznamak (2007-05-26 01:10) 

ask

>「宇宙は曲率0で開いていて、その広がりは無限大」というモデルで固まりつつある
ひょえっ! 知りませんでした。でもそれじゃ膨張も無いということになりませんか?

>「神が創造したから」という答えと「では、その神はなぜ生まれたのか?」という疑問とは、無関係
確かに、神の存在理由までは疑問に思わない人の方が多いんでしょうね。
それに「神をドンドコが生めり、ドンドコを生みしはドンドコドンなり、、」と続けることも可能だし。
by ask (2007-05-26 22:56) 

duznamak

>でもそれじゃ膨張も無いということになりませんか?

 いや、非常に気持ちが悪いことに膨張はしているらしいです。赤方偏移という決定的な証拠がありますから。もちろん、背景輻射があるので、始まりはビッグバンだったのも、ほぼ確か。でも、広がりは無限大。しかも、開いている。
 ・・・・・・さすがは宇宙、全くもって訳が分かりません。


>「神をドンドコが生めり、ドンドコを生みしはドンドコドンなり、、」

 飲んでた紅茶を吹き出しました。ここでこのネタを持ってくるとは!

 あまり関係ないですが、筒井康隆と聖書からの連想で、清水義範『世界文学全集 第Ⅰ期』という本を思い出しました。僕は、この本を筒井氏の書評で知ったのですが、ここに収録されている『聖書』のパロディは、爆笑ものでした。
by duznamak (2007-05-27 00:44) 

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