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「少年十字軍」(皆川 博子) [小説]

小学生の高学年の頃、父が私に買い与えた本として、講談社の「少年少女学習百科全集」というのがあった。全15巻の美麗装丁の大型本である。理科と社会の範疇のテーマで、各巻ごとに例えば「世界の歴史」「動物の世界」「社会のしくみ」「宇宙の神秘」「日本の国土」「化学の不思議」「日本の産業」「電気のはたらき」「交通と通信」etcといった具合で小学生にもわかりやすく説明してある(著者は今から思えば、一流の学者ばかりである)。これが毎月(だったか隔月だったか忘れたが)配本された。

 こんな当時結構高価であったろう全集本を父が私に買い与えたのには背景がある。それは、父がその父つまり私の祖父から買い与えられた「小学生全集」の存在だ。昭和初期に刊行され大ヒットしたらしいのだが、我が家にはそれが全巻揃い、専用の扉付き書棚に収めて床の間の脇に鎮座してあった。父はこの当時貴重であったろう大部な書籍群を夢中になって読みふけったようだ。(私も小学生の頃、主に低学年向けの赤背表紙本を時折引っ張りだして黄ばんだページをめくり、旧仮名遣いに苦労しながら結構拾い読みしていた記憶がある。)

 父はこれで本好きになったらしい。この原体験から、父から息子への〈正の連鎖〉を自分の番として継続すべく、同じような企画(と言うには違いがありすぎるが)のシリーズ物刊行を広告で知って、これ幸いと私に買い与えることにしたようだ。
 そんな父の意図には当時気づかなかったので、あいにく興味の無い巻はほとんど読まなかったりもした(不孝をお許し下さい)が、面白い巻も多くあった。一番熟読したのは「宇宙の神秘」だったか。

 「世界の歴史」はよく読んだほうかもしれない。その中に、半ページサイズのトピックコラム的な文章が載っていて、「子ども十字軍」の話が書いてあった。これは異様な話で極めて印象的だったためか、今でもかなり鮮明に憶えている。詳しい内容は忘れたが。

 「純真無垢な少年が、神の声を聞いたとしてエルサレムに向かうことを宣言し、それに子どもたちが熱狂して加わり数百人を超える集団となって海路のためマルセイユに向かうが、船を用意した悪徳商人に騙されて、奴隷として売り飛ばされるという悲惨な末路をたどった」…的なことが書かれたあったと。なんともショッキングな救いのない話だった。これは自分が子どもだったこともあるが、強烈な記憶になったのだ。
 という訳で、「子ども(または少年)十字軍」には、こだわりがあった(と言うほど強いものではないが)ので、この作品に目が止まって読んでみようという気になったのである。(長すぎた前置きではあった。)

少年十字軍 (一般書)

少年十字軍 (一般書)

  • 作者: 皆川 博子
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2013/03/07
  • メディア: 単行本
 で、本編であるが、皆川博子の作品を読むのは初めて(確か「死の泉」は積ん読本の中にあったと思うが)。最近だと「開かせていただき光栄です」が目に止まって面白そうとは思っていた。ミステリや幻想小説、歴史小説などの書き手で、筆力は十分な作家と思う。なんと80歳代。

 13世紀、第4回十字軍(東ローマ帝国首都コンスタンティノープル攻略という、本来趣旨から大外れの私欲まみれの大失態)後のフランス農村の羊飼いの12歳の少年エスティエンヌが神の啓示を受け、エルサレム向けて旅立つ。奇跡に似た仕業もあり、評判を呼び大人たちが寄進したり、息子を随行させて神の恩寵を得ようあるいは口減らしにしようと、集まる子供の数はどんどん増え一大集団となって徒歩で旅を続ける。保護者的に随行する騎士まで参加したりする。最初期からの仲間が中心的に描かれる。修道院の内紛、荘園領主の息子の野望、正体不明の修道士や従僕たち。キャラはバラエティに富み、人物間の相克も激しく、読ませどころがたっぷりある。

 が、そのストーリーテラーとしての筆力が却って災いを招いているように思った。読んでいて読みやすく面白くはあるのだが、その記述・描写がディテールのきめ細かさゆえにリアルさ(迫真力)が過剰なほどにあり、むしろ逆に絵空事感が強くなる、と言うか「講釈師見てきたような嘘を言い」的な印象を持ってしまうのだ。要するに創作的な部分が非常に強く、それがストーリーを牽引しているのである。後半では殺人事件まで起こり、その謎解き場面まである。
 もっとも、この事件、あまり史料的なものは多くなく、想像で補わないととてもじゃないが小説にはならないだろうから、あくまでも一種のダークファンタジーとして読むのが正解だろう。

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