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読書の危機 [身辺雑記]

最近あまり本のレビューを書いていないが、本を読まなくなったわけではない。

 途中で投げ出す本が増えていて、なかなか完読出来ないのである。最後まで読まなかった本についてのレビューはなかなか書けるものではない。よほど酷くて、腹が立つあまり罵詈雑言を書きたくなる、というケースはあり得るだろうが、私の場合そこまで酷いものには滅多に遭遇しない。

 途中で中断した本を挙げると、ここ2、3ヶ月だけでも

「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」(加藤陽子)0.2
「『私』をつくる 近代小説の試み(岩波新書)」(安藤宏)0.1
「心はすべて数学である」(津田一郎)0.08
「紅葉する老年-旅人木喰から家出人トルストイまで-」(武藤洋二)0.01
「恐怖の哲学-ホラーで人間を読む-」(戸田山和久)0.1
「日本語を作った男 上田万年とその時代」(山口 謠司)0.05
「アジア再興―帝国主義に挑んだ志士たち」(パンカジ・ミシュラ)0.01
「人間・始皇帝(岩波新書)」(鶴間和幸)0.1
                        〈末尾数字は読んだ割合〉

…などなど(実はもっとあるのだが…)。全て図書館から借りだした本なので、経済的な損失はないのだけれど。
 そもそもあまたある本の中から少なからぬ興味をいだき、あえて読みたいと思って予約し、何ヶ月も待たされて借りた本なのに、なぜ読めないのか?もったいない!

 有り体に言えば「読書力が低下したから」だろう。随分以前からそういう傾向は感じていた(し、ブログにもよくそのことは書いていた)が、いよいよ本格化して来たのだ。要するに老化現象なのだが、まだ65歳にもならないのにそれってどうなの?早すぎやしない?と忸怩たるものがあるけれど、同年輩の友人たちでも同じような、いやもっと読書離れが激しい人も結構居るので、「早すぎ」とまでは言えないだろうが、他人のことは関係ない。自分はもっと読みたいのだ。積ん読本は一向に減らないし…と。

 読めない理由はいくつかある。
 1)大部な大作・労作が多い。返却期限までに読み終わらない。
 2)記述があまりにも詳細を極め、トリビアルなディテールをじっくり読む気が起きない。仮に読んでもすぐに忘れてしまうので、読む意味が無い。そういう冗長な文章の中にも肝要な部分が散在しているので、気を抜いて読むわけにもブロックごと読み飛ばすわけにもいかない。つまり効率が悪い。
 3)目が弱くなって、長時間読んでいると目がかすむ。
 4)ベッドの中で(昔はよく読んだ。時には夜を徹して。)読んでいると、手が疲れることもあるが、姿勢のせいかすぐに眠くなってしまう。相当軽く読みやすい本でも、である。
 5)ネットや映像作品に時間を費消される。

 大体以上のような理由である。なかなかに困難な状況ではないか。良い解決策が浮かばない。

 さて先日、友人と読書についての話をしていたとき、彼が
>もはや人生の指針を求めて読書するような必要を感じない。
と、【読書卒業宣言】とでも言うべき心境を語ったことがあった。その手の本は十分読んだ、と。

 なかなかの境地だが、私はとても共感できなかった。まぁそんなに真面目な読書ばかりしているわけでもなく、むしろ娯楽としての読書の方が多いくらいの私なので偉そうなことを言う資格はないのだが、

 人生、勉強に終わりはない

と思うのだがどうだろう。今までにいかに多くの本を読んだとしても、1万冊にも届かないだろう。しかもどれくらい憶えているか、あるいは身についているかと言えばとても心許ない。
 単純に言って、読んでいない本のほうがはるかに多いし、古い古典の消えない輝きと同時に、新しい世界の知の展開に追いついていくための新本も続々追加されている。

 未だ人生の達人たりえず

な私は、もっともっと読まなければならない、と常に意識し続けている。死期が近いとしてもそれは変わりない。むしろそれだからこそ、

 今日よりは明日のほうが僅かなりとも賢くなっているべきだ

という気持ちがある。

 どんなに本の知識を詰め込んでも、死んでしまえば意味が無いではないか、と言われればそれまでかもしれないが、それを認めたら、生まれたことすら意味を失いかねないのではなかろうか。

 だから、私にとって読書力の低下は本当に危機的なのだった。

タグ:読書
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