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「日本文学100年の名作」第5巻1954―1963 [小説]

この、かなり大掛かりなアンソロジーについては以前から目にはしていて、心惹かれてもいたのだが、手にしたのは初めてで、それも既に書いたように、「その木戸を通って」(山本周五郎)が収録されており、それを読むのが目的で借り出したのだったが、せっかくなのでこの粒選りの作品群全部に目を通した。さすがにどれもこれも読み応えがある。

日本文学100年の名作第5巻1954-1963 百万円煎餅 (新潮文庫)

日本文学100年の名作第5巻1954-1963 百万円煎餅 (新潮文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/12/22
  • メディア: 文庫


 以下、各作品について。
(掲載順、タイトル、発表年、作者名・生存期間)

「突堤にて」1954(梅崎春生 1915〜1965)
 戦争文学を主に書いた作家らしい。これを読むまで全く知らなかった。代表作は「桜島」。「独自の心象風景描写に新境地を開く」とのこと。なるほどこの小篇も、突堤での魚釣仲間の間の微妙な関係や交わりの中にほの見える、当時(戦争初期)の人々の心の醜い面、酷薄な面、奇妙な馴れ合い、など相当突っ込んで描き出しており、いっそ凄絶な域に達している、と言える。

2「洲崎パラダイス」1954(芝木好子 1914〜1991)
 赤線小説である。女性の手によるこういう作品は珍しいらしい。江東区の海岸寄りにある洲崎という赤線地帯が舞台。うらぶれた眺め。そこに舞い込んできた食い詰め男女。その双方の生き方のだらしなさとやるせなさと哀れさと。
 女の方が強いのだけれどもその汚さとずるさ逞しさとある種の美しさ。極めて貧しい惨めなお店母らしい土地柄の中でうごめく人々の正直な、しかし疲れた感性。
 話がとてもリアルで身につまされるところがある。最小やや冗長に感じたのだが、引き込まれるに連れて、なかなか迫力があった。

3「毛澤西」1957(邱永漢 1924〜2012)
 1950年代後期の香港を舞台に、新聞売りを無許可で営む立派な体格の男。何度も何度も逮捕され、罰金を払わされる繰り返し。それでも楽天的に生きているさま、逞しさが伝わってくる。

4「マクナマス氏行状記」1957(吉田健一 1912〜1977)
 戦前から戦後にかけて日本に住んで、上手く立ち回っていい暮らしを営む謎の(不良)外人。そのガイジンの強みを活かした「渡世術」を面白おかしく描いている。いいかげんだが堂々として、見てる側が思わずノセられてしまうという、奇妙なテキトーな才能! 特定の実在モデルが居たのかどうかわからぬが、話の妙にリアルでいかにもありそうな話。

5「寝台の舟」1958(吉行淳之介 1924〜1994)
 疲れた女学校教師(本人がモデルの、つまり私小説か?)が男娼とめぐりあい、何度も夜を過ごす(がセックスは無し)。吉行淳之介の作品は殆ど読んでいないのだが、性の闇の密やかで暗く、かつなまめかしい世界の雰囲気が濃厚で、それなりに一種独特の味がある。「健康的」とは真逆。読後感は意外に悪くない。

6「おーいでてこーい」1958(星新一 1926〜1997)
 さすがにこれは読んでいた。よく憶えている。あらためて原発廃棄物の恐怖に対する星の慧眼が光る。

7「江口の里」1958(有吉佐和子 1931〜1984)
 日本に来て日の浅いカトリックの神父が受け持つ教会での日常的な運営の煩雑さの描写。とある美女(実は売り出し中の芸者)の来訪と宗教的交わりを通して、能・仏教(普賢菩薩の顕現)とキリスト教との意外な出会いが…という、興味深いがややアクロバティックな展開。

8「その木戸を通って」1959(山本周五郎 1903〜1967)
 別記参照。

9「百万円煎餅」1960(三島由紀夫1925〜1970)
 この巻の表題作。ということは一番面白いのか?と思ったが、別にそういうわけではなかった。
 「もはや戦後ではな」くなって、多少ゆとりのある時代、ある若い夫婦の夜遊びの他愛ない光景。二人の睦まじさが延々と描かれるが、驚きのどんでん返しのオチが。解説によると、この夫婦がこの直後に書かれた「憂国」に出てくる夫婦とそっくり、とのことでこれまたびっくり。

10「贅沢貧乏」1960(森茉莉 1903〜1987)
 この作家の作品では「甘い蜜の部屋」をチラ読みしたことがあるだけ。その異様な耽美的雰囲気に唖然とした記憶がある。違和感と奇妙な魅力があった。この「贅沢貧乏」というタイトルはなぜか以前からよく見知っていて、長編のようなイメージがあったのだが、こんな短い短編だったとは!
 これも異様な「玩物草子」的世界である。六畳間の貧しいアパート暮らしの生活をなんと絢爛豪華に彩る品物の数々。小説とはとても呼べない、ストーリーのない殆どエッセイみたいなもので、なんで別人名(牟礼摩利、父は欧外)を騙って書いているのかわからない。ともかく「狐狸妖怪」の類とまでは行かずとも、十分に「奇人変人」の世界ではある。

11「補陀落渡海記」1961(井上靖 1907〜1991)
 熊野の浜辺にある補陀落(ふだらく)寺から、南方の海の彼方にある理想郷の補陀落(蓬莱山の別名か?)へ向かって渡海する僧たちの長い歴史的伝統。室町時代末期に住職となった金光坊が直前の住職が三代続けて61歳になった11月に渡海した事を受けて、自分も渡海せざるを得ない雰囲気となり流されて(文字通り)いく様、その最終的顛末、醜態までが描かれる。いわば近代的解釈なのだろうが、そこが面白い。

12「幼児狩り」1961(河野多惠子 1926〜)
 幼女は大嫌い、逆に男の幼児は大好き、といういわゆる今で言うショタコン?女の異様な話。しかもマゾでもある。ついて行けん。河野多惠子は他に読んだことが無いのだが、何やら皆こんな作風らしいので、今後も多分読まないだろう。

13「水」1962(佐多稲子 1904〜1998)
 恵まれない境遇で健気に働く少女の、母に死なれた悲しみを描く。短い作品だが、人生全体の不条理な相貌が見えてくる感がある。戦前のプロレタリア文学に傾倒していた頃の名残か。

14「待っている女」1962(山川方夫 1930〜1965)
 不思議なシチュエーション。街角に立って何時間もいや朝から夜まで立ち続ける美女と、近所でそれを気にかける男。女の正体は分からず待ち続ける理由もわからないのだが、男の困惑する心理は感情移入を呼ぶ。そこに、ショートショート的なオチで一種の〈暗合〉が起こるのが面白い。

15「山本孫三郎」1963(長谷川伸 1884〜1963)
 「敵討ち」テーマの時代小説。「日本敵討ち異相」というシリーズ作品中の一篇。心情描写はなく、淡々と記される事実の羅列…ということは、これはノンフィクションなのか?
 敵討ちという日本独特の奇習について、「世間」の風評(「どちらが悪い」とか)というものが持つ影響力の強さが描かれて、印象的だ。

16「霊柩車」1963(瀬戸内寂聴 1922〜)
 昭和25年の父の死の前後を描いた、私小説どころか自伝そのもののノンフィクション。「小説」集の中に入れるのは無理があるのでは? 娘と夫を捨てて出奔してから3年経ち、ようやく離婚が成立した直後の父の死。その経緯も詳しく書かれている。


このアンソロジーシリーズ、なんと10巻(2013年の作品まで)も出ている。機会があったら他のも読んでみよう。

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