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「英国一家、日本を食べる」(マイケル・ブース) [ノンフィクション]

この本を図書館に予約したのは昨年5月24日。その時の待ち順位は92番だった。この順位でもわずか半年で借りられたのは、葛飾区立図書館全体で7冊も所蔵数があったからだ。こんなに多く購入されるのは珍しい。相当オーダーがあったと見える。ちなみに今日見てみたら、相変わらず91人も待っていたw。

英国一家、日本を食べる (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

英国一家、日本を食べる (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

  • 作者: マイケル・ブース
  • 出版社/メーカー: 亜紀書房
  • 発売日: 2013/04/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


 さて、モーリー・ロバートソン氏がTwitterで「(TVバラエティ番組には)《日本を褒める外人》枠で仕事が回ってきます」などとつぶやいていた(参考→国際ジャーナリストがTV番組に「日本を褒める外国人枠」の存在を暴露)のを見て、なるほどそうだったのかと得心するほどに、最近の「日本凄い!」「ニッポン、クール!」な自慰番組の氾濫状況には、見てるこっちが恥ずかしい、落ちぶれ自信を失うとこんなにまでなるのかと忸怩たる思いにかられる昨今なわけだが、「日本の料理について外国人が書いた本」であるこの本もまたその類か?と思うととんでもない間違いだ。

 そもそも日本人には常識の、地理的な説明やら風習やら文化についてきめ細かく書いているところからして、この本は日本人向けに書いたものではないのは明らかで、あくまでも「」文化レポなのだ。

 つまり、この本はあんな日本人に媚びる幇間のような外国人がギャラのために書いたものではなく、マトモなのである。いや、確かに褒めまくっているのだが、それはちゃんとしたフードライターとしての鋭い舌の感覚と緻密な観察と綿密な勉強と真摯な考察にもとづいて、客観的に日本の多様な料理の真髄を捉えたからだ。

 しかも3ヶ月に及ぶ家族(妻、4歳と6歳の息子)を連れての日本全国飛び回り・珍道中の中で展開するカルチャーショック連続の顛末。語り口はわかりやすく(訳がまた素晴らしい。「料理の味を表現する言葉」も結構巧みだし)、ユーモアたっぷり、皮肉も効かせ、歴史や産業やライフスタイルや地方性などの文化的要素にも触れつつ、縦横無尽とも言える密度の濃い、沢山の人々との出会い・交流を糧に書き上げた労作なのだった。感服。

 この著者は、インタビューアとしての才能がある。初対面の相手から、気分を害することなく、いとも簡単にその持つ技術やコツや背景文化に至るまで、率直にあけすけに語らせ引き出すことを成し遂げている。フランクで愛嬌があり誠実かつ謙虚な魅力的な人物なのだろうと推察できる。
 もっとも、「外国人は無知で行儀が悪いという暗黙の了解が、あらゆる立ち入り禁止エリアへのパスポートになる」と言っており、それをちゃっかり利用して厨房の中にもズカズカ入っていくという強引な押しの強さもあるようなのだが。

 以下、記憶にとどめておきたい意味もあって、詳しく内容のあらましを細密圧縮充填リストで載せる。

●パリの料理学校で出会った日本人調理師トシから貰った「Japanese Cooking :A Simple Art」(辻静雄著)というバイブルのような本を読んで、和食に興味を抱き日本に取材に行こうと決意。妻の発案で家族同伴に。●東京編1.最初の投宿地・新宿。思い出横丁の焼きそば、癖になりそうな味。焼き鳥、軟骨の食感。日本のタクシーの良さ。台風に遭遇●東京編2.相撲部屋(尾上部屋)の稽古見学、把瑠都を長男が倒す。チャンコ鍋の作り方●東京編3.スマスマ番組収録見学、「ビストロSMAP」スタジオで調理観察。ちゃんと料理してる●東京編4.極上の天ぷら、厨房内に入って見せて貰う。素材によって揚げる温度を変える●調理師学校編1.服部栄養専門学校の服部幸應氏のインタビュー、日本最高の料理店、銀座の【壬生】(予約不可・メンバーのみ毎月1回)へ帯同する約束。日本料理コンペティションの様子と服部氏の苦言。●東京編5.歌舞伎町【樽一】でクジラと向き合う。ぜひまた食べたいとは思わなかった●北海道編1.新ラーメン横丁でコーンバターラーメンの悦楽。カニ、カニ、カニ、官能的!もっと食べればよかったと後になってから悔む。アイヌ料理も●北海道編2.昆布の産地・南茅部町を訪問。昆布の存在の意味の大きさ、収穫と加工の工程など●京都編1.その歴史背景について薀蓄。町家散策。麩の製造所、醤油工場、借りた古い日本家屋のシャワートイレの愉楽●京都編2.【菊の井】で「世界で一番美しい食事」懐石料理の真髄を味わう。日本料理の最高峰、料理人との深い会話●京都編3.本物の流しそうめんを山奥の店【ひろ文】まで苦労して行って、川の中を流れ来るのを家族全員で食す●京都編4.日本酒の利き酒会に参加して飲み過ぎ、味がわからなくなる。外人初の杜氏との日本酒談義。精米度35%。蔵元訪ねて製造工程見る●京都編5.鯖鮨のしにせ【いづう】を案内してくれたゲイ・ホストに迫られつつ舌鼓。南禅寺そばの豆腐料理屋【奧丹】で、湯豆腐と田楽●大阪編1.子供たちがドッグカフェに夢中になる一幕、面白い。「僕は世界に広まる次の日本の料理のトレンドはお好み焼きじゃないかと」●大阪編2.味噌蔵訪問。素晴らしい栄養価と味。納豆は臭いと糸がダメ!おでん体験。お好み焼きと串かつは「日本を代表する料理として世界に広める価値あり」。大阪人の気質。立ち食い飲み屋体験。【てんま】のうどんの出汁の天国の美味さ●調理師学校編2.TCI(辻調理師専門学校)校長で、辻静雄の息子、辻芳樹氏(服部氏のライバル)との面談。学校施設の素晴らしさ。世界一学費の高い料理学校。学生が作る学食。その後の有名レストラン【カハラ】で夕食を共に。さらにクラブホステスの接客術の凄さ●福岡編.博多ラーメン。日本の麺類論。国民食としてのラーメン。街の良さ。日本に住むならここだ!ラーメン王小林孝允氏との会話、ラーメンのとてつもない多様な発展●沖縄編.いきなり「死への覚悟」の話。死にたくない、長生きしたい→沖縄の寿命の長さに注目、その食事傾向の分析。沖縄在住カナダ人ウィルコックス博士(長寿研究)インタビュー。長寿の4要因、食事・運動・信仰・社会的支援。「腹八分」の効用。沖縄人の時間感覚のゆるさ。紅芋のアイスクリームは世界一のアイス●東京編6.服部氏と約束した日本一の【壬生】へ妻とともに行く(7人までなら同伴可)。銀座の裏通り、そのシンプルな佇まい。出汁、焼き鮎、ハゼの刺し身、ナス、鱧。「喜びで体が震えた。…最後には体中の毛という毛が逆立った。…このだし汁をもう一度味わえるなら、全てを差し出してもいい」「壬生の食事は啓示的体験であり、歴史の喚起であり、哲学であり、生と創造と死と自然の奥深い奥義であり…」。凄すぎ!!

 最後の章は「白眉」中の「白眉」と言えよう。圧倒される世界だ。世間一般レベルから言っても「グルメ」範疇には入らないほど食の貧しい私からしたら、それこそ雲の上の世界だ。「私は2割くらいしか理解していない」と謙遜する著者は、それでもこの世界の端っこ辺りには到達しているのではないか? ため息が出る。

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