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「言葉と歩く日記」(多和田 葉子) [言葉]

 多和田葉子というとても毛色の変わった(日独バイリンガル)作家には芥川賞受賞作の「犬婿入り」も含めて前から関心があったのだが、読むのは初めて。これは小説ではなく、岩波新書で出た「日記」。

言葉と歩く日記 (岩波新書)

言葉と歩く日記 (岩波新書)

  • 作者: 多和田 葉子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2013/12/21
  • メディア: 新書


 この「言葉と歩く日記」というタイトルに惹かれた。どんな内容なのか、一見奇妙に響く。エッセイと言っていいのだろうが、「歩く」と言う言葉が入っているようにこれは紀行文的な要素も強い。
 とてもアクティブにいろんなところに出かけて講演や朗読会をしたり観劇したりコンサートを聴いたり、沢山の人々と会って交流し、いろいろなことをやっている様が描かれている。しかし単なる紀行ではなく、常に《言葉》に関する多様なこだわり、考察が散りばめられていて、それぞれが実に面白い。

 彼女には、エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)という著書もあって、
>エクソフォニーとは、ドイツ語で母語の外に出た状態一般を指す。自分を包んでいる母語の響きからちょっと外に出てみると、どんな文学世界が展けるのか。ドイツ語と日本語で創作活動を行う著者にとって、言語の越境は文学の本質的主題。その岩盤を穿つ、鋭敏で情趣に富むエッセーはことばの世界の深遠さを照らしだす。
ということらしい。

 そういう作家という特殊な立場から、言葉というもの、日本語とドイツ語の間で揺らぐ様々な思い・考えを書いている。

 何年なのか書いてないのだが、おそらく2013年だろう。その1月1日から4月15日までの毎日のことを1日も抜けることなく記述。もちろん日によって長さは異なり、半ページの日もあれば5ページに渡る日もある。日記にしては実にバラエティに富んでいる。この期間は、彼女が自作の『雪の練習生』というクマが主人公の小説を初めて日独翻訳をするという微妙な言語作業の期間で、その《自己観察日記》でもある。

 毎日遭遇した人々や出来事から連想的に展開する様々な言葉に関する思い、その個々の考察が非常に面白く、含蓄がある。一気読みで素早く読み通してしまうのがもったいないような気がするほどだ。
 特に多いのがやはり日本語とドイツ語との微妙な関係、違い(文法的な面や、文化的な面など)のことである。語彙の話、他の言語との関係、実にたくさんの話題が提出され、その一つ一つが一冊の本のテーマになり得るほどの奥行き、背景、深さを持っているのだ。
 いろいろな場所で体験した面白い話も満載で、ユーモアに富んだ読者へのサービス精神も忘れない。

 特に印象に残ったのは、

●日本語で話す相手とドイツ語で話す相手を顔で脳内に登録している。日本語で話すときにドイツ語の人の顔が視界に入ると混乱してしまう●日本語には主語がない(世界の言語の中ではそれが主流)●電子書籍で無料だからと古い翻訳を出すのは許せない●同じ意味のことの表現の日独での違い、翻訳の難しさ●手で書くことの良さ●バス車内放送の文法の間違いをしつこく運転手に抗議する老婦人●少年刑務所での移民(=非ネイティブ)受刑者による劇上演

などなど、いやこれらはごくごく一部で、どの日の話もとても面白く楽しい読書体験だった。
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