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「宇宙はなぜこのような宇宙なのか――人間原理と宇宙論」(青木 薫) [サイエンス]

サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」など多くの科学書の翻訳者による「人間原理」を扱った宇宙論。この著者青木薫氏の、翻訳者としての技量についての評価は高いようで(実は訳者名は意識していなかった。言われてみれば確かに読みやすかった記憶がある)、あらためて知った。この本もとてもわかりやすい。

宇宙はなぜこのような宇宙なのか――人間原理と宇宙論 (講談社現代新書)

宇宙はなぜこのような宇宙なのか――人間原理と宇宙論 (講談社現代新書)

  • 作者: 青木 薫
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/07/18
  • メディア: 新書

人間原理」という言葉は以前から知っていて、ちょっと奇矯な印象を持っていた。「この宇宙(の絶妙な物理定数)はその本質を認識し得る人間という知的存在を生み出すために設えられた」という《目的論》の印象が強かったためである。要するにを措定した立論で、ナンセンスだと。
>人間原理という言葉は物理学者にとっては警戒警報が大音量で鳴り響くような、とてつもなく怪しい響きを持っている。(P140)

 とは言え、宇宙論は好きだし、どうも気になるのでこの本が目について(例によって)図書館に予約して読んだ。前半は古代から現代に至る宇宙論の歩みを解説していて、ビッグバン理論の確立に至るまで殆ど既知の話だったのでやや冗長に感じた。

 後半でいよいよ「人間原理」が出てくる。
 まず、「コインシデンス」という現象が説明される。いろいろな物理定数の間の関係に10^40という(無次元量=単位なしの)巨大数がよく現れる事実。ハッブル定数(宇宙の膨張速度)と重力の強さを表す量との比にもこの巨大数があり、宇宙の年齢に制約を与え、この年齢と人類の存在とが両立しているというのが「弱い人間原理」である、と。
 しかし、これは「観測選択効果」という概念(観測範囲=観測対象を、手法や時間・場所などを選んで限定したら、その目からこぼれ落ちるものがあり間違った結論に達する)によって簡単に否定された。つまり「われわれ人類は物理的条件が存在可能な時代に生きているに過ぎない」というだけの話だ、と。
 「観測選択効果」という言葉については今更初めて知った。いや、自分のおぼろげな常識感覚的には元々あっただろう。だから、この論旨展開には首肯できる。

強い人間原理」は「弱い…」が単に観測選択の問題だったのに対し、この宇宙全体(選択対象はすべて)の物理法則が人間の出現のためという〈目的〉のためと考えれば物理定数のちょうどよい値を絞り込める、ということで、まさに《目的論》になる。
 が、それはこの宇宙がたった一つだけしか無かった場合の話であり、他に無数の宇宙があればやはり「観測選択効果」の枠内に収まってしまい、意味を失う。

 最近の宇宙論の発展。「起こりうることは必ず起こる。何度でも起こる」そして、多世界解釈、インフレーション・モデルから出てくる他宇宙ビジョン(ベビーユニバースがぽこぽこ生まれる)と、今や他に無数の宇宙がある(マルチバース、もしくはメガバース)ということがほぼ物理学界のコンセンサス、デフォルトになっている、と。
 ひも理論の登場が、さらにそのあり得る宇宙の青写真の数が10^500という途方も無い、無限に近い(ひもランドスケープ)という結論を生み出して、これも「強い人間論」が「観測選択効果」の類に収まることになったと説く。
 ただ、完膚なきまでに論破されたかに見える「人間原理」に、著者が「具体的な予測をしない人間原理だが、大きな考え方の枠組みとして指導原理たり得る」と言っているのがちょっと引っかかった。ここは少し説明不足か。
 人間が離れられない、主観性や時代文化から来る制約の中でしか考えられず、どこまでも人間中心の視点をまぬがれないだろう、と言う言葉がその背景にあると思しいのだが。《目的論》ではなく認識論的次元で人間原理をツールとして使う可能性もほの見える。

 それにしても、他の宇宙というとてつもない話には科学としての検証可能性が疑われる。とはいえ、全く希望がないわけではない、と原子や原子核、クォークの発見実証なども昔は考えられなかった、とグレーな世界へ果敢に踏み込む今後の研究に期待して終わる。ワクワクさせる展開だった。
 ともあれ、それでもさらに進もうと言う著者の言葉は力強く明るい。
タグ:宇宙
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