SSブログ

「BEATLESS」(長谷 敏司) [SF]

 図書館で借りず、ちゃんと買って小説を読むのは久しぶりか? それはそうと、いやはやとんでもないSFを読んでしまった。大作力作!!
 「本の雑誌」1月号での2012年度SFベストテンで、鏡明氏が3位に挙げている。(大森望氏は触れていない)

BEATLESS

BEATLESS

  • 作者: 長谷 敏司
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012/10/11
  • メディア: 単行本



 「ニュータイプ」というアニメ雑誌に連載されていたということもあり、冒頭では、ラノベによくある男子中学生の願望充足パターンの、平凡で冴えない男の子のところに美少女が転がり込んでくるテンプレかいな?と思ったのだが、それどころではない。

 シンギュラリティ後の超高度AIが作り出す、人類には理解できない《人類未踏産物》の物語。BEATLESS とは「鼓動がない」つまり生きていない機械の存在のこと。

舞台:西暦2105年の日本、東京江東区
用語:
hIE…humanoid Interface Elementsの略。人体ができることならほぼ代替できる人間型ロボット(アンドロイド)。姿形も行動も一見人間と区別がつかない。
ミームフレーム社…ヒギンズという超高度AIを構築し、hIEの行動をクラウドからASCC(行動規範データ、常に更新され続ける)によってアシストする大企業(ちなみにヒギンズとは映画「マイフェアレディ」に出てくる花売り娘イライザを教育する教授の名前からとっていると思われる。そのイライザとは初めて作られた人工無脳プログラムの名前でもあり、この作品中にも高度なAIとして登場している。)
抗体ネットワーク…hIEに反感を持ち、破壊活動を行うため警察の動きをモニターして襲撃を実行するボランティアのグループが連絡を取り合う地下ネットワーク
アナログハック…hIEが人間の形をしているが〈意味〉は持たないにもかかわらず、形に引きづられて人間側が意味を付けてしまうことで、好意や意識のセキュリティーホールを作ること。
ミコト…hIEのアンドロイド政治家。ネットで採集した市民の意見を集約して議会に反映させる役割。(東浩紀の「一般意志2.0」の影響が見て取れる)
他にもいっぱいキーワードはあるのだが、省略。

 ある日平凡な高校生が、hIEで超美人のレイシアと出会い、人類の未来をかけた壮大な争いに巻き込まれる、という話。人工知能の進化による人類支配の危機という古典的なテーマだが、いろいろな知見も盛り込んで迫力を持って読ませる。最初は単なる機械との擬似的な恋愛のシミュレーションものかと思ったが、実に壮大な、人類史的な視点での人工知能との相克であった。
 「セカイ系」の匂いは当然するし、ラノベ風味の「ハレム設定」的でもあるのだが、しかし凡百のラノベやマンガ・アニメと違い、セカイ系では批判される欠落部分の経済社会政治の要素・動きを強く視野に入れ考慮し言及している(もっとも粗さはあるが)。元々AIとかシンギュラリティという事象は「人類文明論」的な文脈の中にあるので、この作品は正統的なガチSFと言えるだろう。
 コンピュータの反乱はディストピアだが、この作品ではそれを超えて人類と機械知性が共存出来る世界への展望を持つ希望的なユートピア小説(の前段)になっている。昔読んだSF入門書で知った「C/Fe文明」(C炭素は人間、Fe鉄は機械)という言葉を想起させられた。

 この小説の叙述は、この作者の文章の今までの例(「あなたのための物語」)に洩れず、こなれていない(少しは良くなったが)。ハイコンテクストな会話がなされ、情景描写もちょっと雑なところがあり理解しにくい。それを補おうとしてか、何度も設定の条件(「こころがない」など)が繰り返されていたりするのだが…。
 多彩な要素の設定と相互関係の変化、偶然もかかわる成り行きとしての展開とその裏に潜む深い企み、事前の仕掛け、多様な人間の都合や感情や行動などが渾然となってからみ合って進行する、これは実に錯綜した複雑な、先の展開の読めないストーリーだ。
 なので、読む速度が極端に低下した。這うように読み進め、何度も視線が前に戻る。重要なところに赤鉛筆で傍線を引きながら読むという、熟読玩味モードにしたからなおさらだ。ほとんどのページが半分近く赤い線で埋まった。

 勿論ご都合的なところはある。それは展開にではなく、設定的な部分なので、取り立てて難じるのは適当ではない。とは言え、物理的に無理めな要素は多い。
 例えばhIEの、特にここに出てくるレイシアや他の《人類未踏産物》の性能がすごすぎて、特に兵器としての破壊力がハンパない。火力、デバイス生成力、ネット操作力、各デバイスの性能も(空中浮遊?どうやって?物理学的にありえない。もはや超常現象的レベル)
 しかもレイシアは超美人!!ラノベ設定もいいんだけどねぇ。あまりに人間的すぎるアンドロイドとか、その柳腰で異様に重い武器を振り回すとか、無限にデバイスを超短時間で生成するとか…若干しらけさせる。ハード的に損傷したhIEがゾンビ化するシーンもソフト的にそんなことが可能なわけがないし。

 この作品の中で繰り返される、機械知性には「こころがない」という問題。これは「魂」の問題として、実に深いのだが、以前「死んだらどうなるon Twitter」で書いたことにも関連してくる。
 ヒトの意識というものが、存外にいい加減なものであるらしいのはいろいろな脳科学や心理学の本を読むとわかって来ているので、「意識があるからこころ(魂)がある」とは言えないのではないか?と。ヒトの脳はまだまだ機械では到達し得ない複雑さを持っているが、究極的には物質に還元されるとは思うので、このレイシアのように機械でチューリングテストを難なくこなすような知性、しかも、感情まで備えたように見えるものが実現したら、そこには「こころ」がある、と「関係に関係する関係」(キルケゴールの人間実存の定義)として成立しちゃうのではないかしらん?などと思うのだった。いや、最期には自己犠牲的精神の境地にまで至るレイシアちゃん、マジ天使、などと。(←ちょっと男性的視点が入り過ぎかも? 中二病かも?…アナログハックされたか?)

 他に、3.11以降に書かれたことを意識させる部分として「ヒギンズ村」という表現が目に止まった。体制内で出世して不労所得を得る立場にいる老害を皮肉っている。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。