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「会議の政治学」(森田 朗) [世の中]

津田大介氏がTwitterでお薦めしていたので、図書館に予約して(待たされることなく、すぐに供されて)読んだ。確かにすごく面白かった。津田氏が推薦した理由は、そのメルマガでも言っているように、
>僕は2006年、文化庁文化審議会の「私的録音録画小委員会」に専門委員として呼ばれたことがあるんです
という事情があるのではないか? つまり、アウェイな場所に臨むにあたり、そこが一体どういう場で、どんな力学・メカニズムで動くところなのかリサーチ(一種の敵情視察?)するために、この(同じ年に出版された)本を読んだのではないか?と思われる。そして、その目的にはかなり答えている本だ。つまり内情暴露が凄いのだ。あけすけと言うかダダ漏れと言うか。よくぞ書いたり!
 著者は、政治学の東大教授で、今まで多くの審議会の座長や委員を務めてきた人物である。例えば、
市町村合併研究会・座長、地方分権改革推進会議・委員、中央教育審議会・臨時委員、財政制度等審議会・専門委員、年金の福祉還元事業に関する検証会議・座長、その他多数。
 これほどのプロ・権威が詳しく内部事情を吐露しているのだから、これは面白くないはずがない。

会議の政治学 (慈学選書)

会議の政治学 (慈学選書)

  • 作者: 森田 朗
  • 出版社/メーカー: 慈学社出版
  • 発売日: 2006/12
  • メディア: 単行本

 さて、「政治」という言葉はニュアンスの悪い使われ方をすることがある。マキャベリズム的権謀術数、あるいは醜い権力闘争。つまりはヒトという社会的動物の持つ煩悩とか業のような、「3人集まれば派閥ができる」みたいな…。「学内政治」だの「社内政治」だのはまさにそういうドロドロした営みを指す言葉だ。
 そんな狭い世界でなく、国の役所という大きな政策を作る(これは本来は国会の役目だが、実際は官僚がやってるのは周知の通り)場所でもそれは勿論ある。省庁が新しい施策を策定するにあたって、学識経験者や業界関係者、利害関係者などを呼んで〈熟議〉してその意見を反映させる(という形をとってアリバイ工作的に省庁のやりたいことの権威付けオーソライズに利用する、いわゆる〈隠れ蓑〉機能を果たさせる)ための審議会という制度。ここでも政治メカニズムが支配する。その中で一体どんなことが行われているかが、この本の中で詳細に展開されている。
 大体、本当に意味のある情報・有意義な話、内情真相というのはその道の専門家だけの門外不出の極秘事項となって、なかなか世間の目に触れることはなく墓場まで持って行かれてしまうもので、これは人類にとって大きな損失と言わざるを得ない。政治的駆け引きの上級テクニックなんて、結構おぞましいものではあるだろうが、怖いもの見たさもある。というわけで興味は尽きないのだ。

     ◆

 内容構成はこうである。(語句は一部調整してある)

第1章 会議の政治学
 審議会の目的
 合意形成のための手続き(アジェンダセッティング、ヒヤリング、論点整理、フリートーキング、骨子作成、答申作成)
 委員のタイプ(バランス配慮型、自己主張型、自己顕示型、専門閉じこもり型、理念追求型、無関心型、拒否権行使型)
 意見主張テクニック(飛躍、矛盾無視、部分主張、ご都合、論点そらし、過度の一般化、シングルイシュー作戦)
 会議運営(論点限定戦術、多数意見への誘導形成、少数派への配慮・顔立て戦術)
 答申作成(答申の重要性、座長の主導的調整的役割)
第2章 会議の行政学
 事務局(裏方としての役割・コントロール)
 事務局編成、委員選任、バランス配慮、アジェンダセッティング、資料作成、シナリオ作成、シミュレーション、委員タイプ別事前根回し説明、会議設営、会議進行上の問題点、意見集約のための言語テクニック、外部応援団)
第3章 会議の社会学
 外部の社会的情勢(情報公開・世論の影響、議事録の公開と反応、メディアの役割・変化、取材報道現場の実際、分析解説の役割、メディアとのつきあい方)
結 審議会政治の今後

 ということで盛り沢山である。個々の詳細事例が実に面白い。委員のタイプ別攻略法とか、役所用語の微妙なニュアンスの違いで答申案文に妥協を盛り込む言語技術とか…。特に印象に残った部分を書き出すと、

(少数派対策として)
>(反対派委員の)鋭いアラ探しの目を免れることはできないので、そうした批判や要求に対しては、対抗手段を用いる。一つの方法は、そのような委員が到底読み切れないほどの大量の資料を直前に送付し、情報の消化不良状態にすることである。… 必要な部分はその一部にすぎないにもかかわらず、それを全文、何十頁、何百頁もそのままコピーして、…資料がない、データが不足しているという批判がなされたときに、「ここに書いてある」、…「読んでこないのが悪い」という印象を与え、相手を萎縮させる効果を狙うのである。P84
←なんともアコギと言うかあざとい権謀術数、手練手管としか言いようがないではないか。

(反対派委員への根回し、説得のための説明関連)
>したたかな委員の場合には、主張の内容で説得に応じるのではなく、種々の取引の結果、賛否どちらかの立場にたつこともあるという。P97
←これって利益供与、要するに買収されるってことかっ!!おいおい! 

応援団としての「御用学者」の養成、なんてことまで書いている↓
>研究者としての良心と役所への忠誠心を両立させることは容易でないP120

 報道の歪みや能力不足に対する苦言もある。報道自体が役所側に誘導される傾向なども指摘している。

     ◆     

 基本的に立場上、いかに請負者として省庁の意に沿った結論を出す(=隠れ蓑)ために腐心するか、ということがメインであるのだった。なんとも身も蓋もない話ばかりだが、実に正直にあけすけに実態を語っている。(よくもまぁ悪びれもせず、とも思うが。)つまり迫真性に富んでいるのであって、これはまさしく本当の現場での「冴えたやり方」なんだろうなと、著者の目配り、調整能力、交渉力、つまりは政治力には目を見張るばかりである。

 ところが、「あとがき」によれば、ここに書かれていることは「初歩的」なことが殆どで、せいぜい「中級」程度のテクなのだそうだ(あんなえげつない反対派切り崩しの工作・圧力、脅迫行為にまで言及しているというのに!)。
 「そんな手の内を晒しちゃっていいの?」と訊かれてそう答えているのである。そして、引退した暁には上級編を書こうとまで宣言しているので、これは是非とも読ませていただきたい(果たしてどこからも「待った!」がかからず、日の目を見れるのか心配になるけども)。もしも実現したら〈瞠目の超絶テクニック〉が披露されることだろう。いや退職後も守秘義務があるのでは?という気もするが、個別案件がわからないように抽象化して書けば別に問題にはならないのではないか?(本書の中では時々具体例も出てきて記述がよりわかりやすくなってはいるが)

 かように余りにも結論ありきの〈隠れ蓑〉的運営方法を開陳してしまったわけだが、それは表の政治の負荷を「前さばき」することで減らす効用・知恵があると評価しつつ、さすがにそれだけじゃまずいと思ったのか、こうした内情に批判的反省的な、前向きな改革提言もしている。現状を全肯定するのでなく、機能役割を吟味し、より効率化し生産性を向上させるようにあり方を論じるべきで、これは今後の研究課題だとしている。

 右肩上がりが終わってパイが小さくなるという時代変化、それにより利害対立が激しくなり、会議での紛糾が起こりやすくなっている(例として空中分解してしまった道路関係四公団民営化推進委員会が挙げられる)一方、情報化の進展、情報公開の趨勢を踏まえ、役所からの恣意的な働きかけを排除し、より積極的にオープン化し、世論を啓蒙しイメージを高めよう、と言うわけだが、本書は6年前に書かれているので、ドッグイヤーで変わってきた現在では既に古びているところがある。インターネットについてはパブリックコメントの意義を述べる程度にとどまっている。その後の大きな変化はSNSの普及だろう。これによる世論形成力、政策反映の可能性については当然言及されていない。
 今後を展望するには、こうしたさらなる変化を前提にして考えていく必要がある。とは言え、官僚支配はまだまだ強固であるので、こういう審議会政治は当面存続するだろうから、こういった内情を知っておくことの意義はあるだろう。
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