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「眠れ、悪しき子よ」(丸山 健二) [セカンドライフ]

 この作家、まぁメジャーとは言えないにしても、結構有名なのに、読むのは初めてだ。今までの作品のタイトルには扇情的というかユニークなのが多かった(「虹よ、冒涜の虹よ」だの、「見よ 月が後を追う」だの)ので、新刊が出るたびに広告で目についていた記憶はある。なんか〈イエローブリンクリバース〉してるようなタイトル。しかし、いまいち食指が動かなかった。

眠れ、悪しき子よ〈上〉
眠れ、悪しき子よ〈下〉

 で、なんで今回読む気になったかというと、書店で目について興味をそそられた腰巻の「早期退職した男」の文字。しかも、「仕事に倦み、貯まった哲学書を読むために」と来た。
 つまり自分と似た境遇の男の話ではないか?と(なので、この記事のマイカテゴリーは「小説」でなく「セカンドライフ」にした)。しかも、なにやらかなり剣呑な雰囲気を醸している。まともな穏やかな小説ではなさそう。
 実際、形としてもかなり異様な小説である。まず、章分けが無い。最初から最後まで切れ目なくベターっと続くプレーンテキストで全1章!改行は勿論あるが、少なめ。空白行は一行もない。一人称形式なのはいいとして、会話の括弧「」記号が殆ど無い。勿論何人かの登場人物が居り、会話もなされるのだが、括弧つきの直接話法は使われず、極めて省略した間接話法的概略のみ。主人公の独白による心理描写が大半を占める。この心理描写がまた凄い。
 最初は、退職する経緯やら生まれ故郷へ帰って借屋を見つけて住みつくまでの話で、そこそこ普通に展開するのだが、すぐにそんなものではなくなって本領(←この作家の?)が発揮され始める。
 彼の住む環境の、自然の眺望や天候、動植物などの変化に即応して、気分が壮大な宗教的肯定的全能感(BGMは「ツァラトゥストラ」が似合いそう)に包まれたり、一転して悲観的厭世的自己否定に陥ったり、と躁鬱を繰り返すのだが、とにかくその心情のディテール描写が偏執狂的に「くどい」のである。あまり使われない漢語表現が目白押しで読みづらい。55歳にもなって中二病かい?と言いたくなるような、自意識過剰で自尊と差別意識、被害者意識、怠惰、放埒と小心などなど、矛盾し惑う病的な心理が延々と述べられる。この文体、多くの人が嫌気がさすんじゃなかろうか?

 それにしても、よくまぁこれだけ書けるもんだ、と感心した。もしかしたらこれは「私小説」的作品で、作者自身の自画像・内面が投影されているのかも知れないと思った。つまり書き方が本格的で堂に入ってるというか、そこまで詳しく迫真力を持って描けるのはなぜ?という…。実際、作者は安曇野の僻地に引きこもって(以前、NHKで四季の草花が咲き乱れる造園作業に勤しむ姿が放映された)、文壇的な社交などを一切拒んで孤独な生活を営んでいるらしいし。多分 Facebook も Twitter もやっていないだろう。(…と思って、さっきチェックしたら、この4月末からTwitterを始めていたようだ。1日1ツイートペースだが。)

 ちょっと不自然なのは、「万巻の哲学書を読み耽る」という設定の割には、具体的な哲学者名や書名や思想内容などが一切出て来ない事で、これはやたら引用しまくりの白石一文氏のスタイルと真逆であり、作者の知識量を伺えなかったのが惜しいといえば惜しい。だが、そもそも老後に読むために哲学書を積んでおく、というのはヘンだ。老後の楽しみに小説を貯めるというのはおおいにあり得るだろうが、哲学書と言えば人生や世界観の指針にすべき一種の実用書ではないか?若いうちに読むべきもので、引退してから哲学書で蒙を開かれたら、「しまった、あの時ああすればよかったんだ!」と後悔する羽目になるは必定…(とは言いつつ、私もこの年こいて哲学には興味はあるんだけど)。まぁ、結局この主人公も、哲学なんて全然意味を成さないことになるので、枝葉末節な話ではあるのだが。
 ストーリー展開はそういうわけで、あまりスピーディには進まないのだが、それでも隣人との付き合い、親族との軋轢、旧友との再会、そして摩訶不思議な青年との出会い、連続(?)殺人事件、と結構変化に富んでいてサスペンスフルであり、そういう点では飽きさせない。いや、例の心理描写で十分参らされてはいるが、これらの展開でかろうじて読み進めることができた。
 結末はあまり後味の良いものではなかった。まぁそれなりに面白かったし、我が身に引き比べて参考になるところも僅かにはあった(と言うのは少し恥ずかしい)。が、そういう人以外にはあまり勧められるようなものではないですね、はい。
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michaela

この人の作品、若い頃に1~2冊読んだことがあります。
信州で4WDを乗りまわしながら・・・という生き方に興味を持って、ゴールデンイーグルなんとか・・・だったかな。
重たい、堅い文章で読みづらいなという記憶だけで、中身覚えてません・・・。
by michaela (2011-06-16 23:41) 

ask

↑なんかつれないコメントですねぇw
孤高の作家、というイメージありますね。
仙人みたいな。そういう点ではちょっと気になる作家さんではあります。
読みやすさは大事なんですが、「芸」「持ち味」としての「晦渋さ」はまぁアリなんでしょうかね?
by ask (2011-06-16 23:58) 

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