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「闇屋になりそこねた哲学者」(木田 元) [ノンフィクション]

2003年と、ずいぶん前に出た本だけど、つい最近知ったような気がする。タイトルがユニークなので記憶に鮮明だった、というだけのことか?
闇屋になりそこねた哲学者

闇屋になりそこねた哲学者

  • 作者: 木田 元
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 2003/01
  • メディア: 単行本

 哲学者、木田元氏の自伝。タイトルの通り、戦中戦後のどさくさ・混乱期の波瀾万丈の体験が前半のキモで、これは面白い。
 と言うか、この時代の話は、誰のものであってもそれぞれに苦労し〈どうやって食べていくか〉に腐心し、ありとあらゆる手段に頼らざるを得ず、もうなりふり構っていられないわけで、そこには人間の狡さと健気さと懸命さと希望と、ありとあらゆる人生の諸相が詰まっているのだから、例外なく読み応えがあるのだ。子供の頃の私も、両親の昔話が面白くて聞き入ったものだ。要するにドラマチック。
 タイトルの元になった『闇屋』体験だけでなく、学制の混乱に翻弄されて、いろいろな学校を転々とするのも興味深い。それにしても、この人は何とまぁ逞しいことだろう。喧嘩が得意!(笑)腕っ節は相当なものだったようだ。というより気の強さか。しかし、けっして粗暴なのではなく、言ってみれば「侠気」みたいなものがあるんだな。だから友人や師に恵まれている。羨ましい生き方だ。
 後半は一転して、大学以降のアカデミズムの世界の話になる、勉強の仕方、特にドイツ語、フランス語、ギリシャ語、ラテン語等々を驚くべきスピードで習得して行くさまがエキサイティングだ。「語学を学んでいると精神が安定する」と言うのは、やはり適性があると言うか才能の一種ではある。
 そして哲学を志した理由である、ハイデッガーの「存在と時間」を読みたいという初心を、何十年にもわたって維持し、探求して行く。そのプロセスが縷縷語られるのだが、その中身にはあまり言及されない。西洋哲学の流れの中の、フッサール現象学との思想史的なつながり、継承媒介者(シェーラー、メルロ・ポンティ)を手がかりに迫っていくわけだが、そういう周辺的ないきさつの外面しか記述されないので、ハイデッガーの思想の入門書にはなり得ない。ま、全く参考にならないわけではないのだけれど。
 で、この後半でも、著者の広く豊かな交友関係がたくさん語られていて、面白い。つくづく幸福な人生をおくった人だなぁ、と思う。
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