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「決壊」(平野 啓一郎) [小説]

秋葉原事件を予言したかのよう、と話題になった作品。遅きに失したかも知れないが、今頃になって図書館で借りて読んだ。
決壊 上巻

決壊 上巻

  • 作者: 平野 啓一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/06/26
  • メディア: 単行本
 上下2巻で800ページの大作だ。Twitter のせいで読書時間が大幅に減っているため、読み終わるのに2週間以上かかってしまった。この緊迫した小説にはふさわしくない読み方だ。すこし Twitter は控えなくては、と思い始めている。

 平野氏の作品では、芥川賞受賞の「日蝕」しか読んでいない。あれに出て来る難しい漢語の数量には圧倒された。〈第二水準のask〉どころじゃない。第四水準くらい行ってそう。
 石川九揚という書家で、「手書き原理主義者」とでも呼ぶべき人が居る(その割には出版本は活字印刷な)のだが、その人が平野氏をこっぴどく批判してたのは、もしかして語彙の多さに嫉妬しての仕打ちか、なんて思ったのを思い出す。それくらい晦渋な作品だった。
 そういうわけで、その後も精力的に作品を発表していたのを敬遠していた。しかし、この「決壊」は、例の秋葉原事件で話題になったので読もうと思ったのだが、図書館で借りられるまで時間がかかって、今になってしまった、と。
 読んでみると、文体は一変してミステリー風に平易で読みやすくなっていて驚いた。意識的な変更と思える。とは言え、ところどころにかなり高度に入り組んだ考察が散見されるのだが。現代日本社会が陥っている様々な問題(家族関係の危機、ネット社会の闇、セックス、いじめ、冤罪、メディアスクラム、無差別殺人など)を広範囲に視野に入れて、非常に異常な殺人事件を構築している。悪魔的な人物が出て来て大いに語るのだが、そこには明らかにドストエフスキーの影がある。この〈悪魔〉の言説のニヒルな迫力は相当なもので、いわゆる「心の闇」というものが思弁的に展開されている。が、その後の展開も含めて、やはりいささかご都合主義的な面はある。無理目な展開なのだ。まぁしかし、書きたい問題内容を効果的に詰め込むためには手法として認めてもいいか、とは思う。エンタテインメントとしてのミステリーを書きたかった訳ではないから、そういう破綻を指摘しても無粋なだけだろう。ここで開示される諸問題の深刻さは、そんな表層的次元の問題ではない。きわめて険しい現代の病だ。
 結末の主人公の自殺はちょっと唐突に思える。そこに至る内面描写が省かれていて一種謎のままになっている。読者に考えさせる、ということか? しかし、ちょっと放り出された感は免れない。これでは「失敗作」と言わざるを得ないかも知れぬが、こんな巨大なテーマで「成功作」なんてある筈も無い、という気はする。「努力賞」には十分に値するんじゃなかろうか。
タグ:ネットの闇
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