「あなたのための物語」(長谷 敏司) [SF]
いやぁ〜読むのにえらく時間がかかってしまった。
「難解」というのとはちょっと違う。読んでて次々に出てくる言葉からの連想の割り込みがかかり、視線が移動せずしばらく他のことを考え始めてしまっているという風になって、読書が捗らないのだ。どういうことなのか、も含めて考えたい。
この著者(Twitterでは@hose_sさん)の作品を読むのは初めてだ。ラノベの「円環少女」というファンタジーバトル作品シリーズが売れているらしい。あと、ub7637さんが推薦していたSF「戦略拠点32098」てのもあるようだ。
で、この作品、早川書房の「Jコレクション」という堂々のメディア上に登場し、しかも腰巻きの惹句が「イーガン、チャンを経由し伊藤計劃に肉薄する、SF史上、最も無機的で最も感傷的な“死”の情景」と凄い表現がされていて、これは読まずばなるまいと、ネット上で騒がれていたこともあって、発売即購入。
正直かなり読みにくかった。最初に書いたように、頭が中断してしまうことの他に、文章がいまいちこなれていないので、引っかかる。つまりリーダビリティが低い。題材が題材だけに、難解な概念を用いているということもあるし、大きな部分を占める心理描写も分かりにくい。自分の頭が耄碌して来て読解力が落ちているのか、という不安に襲われた。(いやこれは実際あるのだろうけど…)
しかし、内容の重さと道具立ての興味深さ、そしてディテールの迫真力は大変なもので、これは容易ならざる作品だ、と引き込まれた。
私はネット上に数多あるであろう情報を読まないで先入観や予備知識を排して読むことにした。さらにレビューを書く段階に至っても依然読まずに居る。只でさえ書きにくい感想が混乱しそうだから。だから、多分頓珍漢なことや誤読の多い文章になるだろう。感想をまとめる際には他人の読み方で気づかなかったところに気づく、というのは良いことだろうが、影響されて読み手としての主体性が侵されるようなところがあるので。
プロローグでいきなり主人公の死が描かれる小説というのもあまり無いのではないか? しかも、その苦痛の描写が凄い。今まで、読んでて身体感覚に最も大きな影響を覚えたのはディックの「ユービック」で、あれの疲労感は大変なものだったが、それに匹敵するかもしれない。いきなりこれでは、投げ出す読者も居るんじゃなかろうか?
テーマは〈人工知能〉である。このテーマのSFは沢山あるだろうけれど、この作品くらいにその技術的手法について詳細に展開したものは少ないだろう。いま思いつくのはホーガンの「未来の二つの顔」くらいか。(いや、私が知らないだけか)
安易にチューリングテストをクリアしてしまう設定の多くの作品は、まぁそれなりにその後の展開を考察する方に主眼があるので別に構わないのだが、いかにして意識を構築するか自体を追究する作品というのは果敢な試みと評価できる。作者の勉強ぶりは相当なものと思える。(巻末に参考文献リストが欲しいくらいだ)
と言っても、ナノマシンの「疑似神経回路」でヒトの脳をシミュレートする、とかITP(Image Transfer Protocol)という言語で脳を記述出来るというアイディアには、かなり無理があるような気がする。(これはまぁ、無粋なツッコミなんだろうが)脳の複雑さはそんなもんじゃないだろう?という気がしてしまうわけだ。脳をテキストデータ化してディスクに保存したり(いったい何テラ、いや何ペタバイトの容量なんだ?!)しているのだが、それはプレーンテキストな筈がなく、当然ハイパーテキスト(それも単なるリンクではなく、近さや太さや途中条件分岐付きの多次元のリンク)になっているんだろうけど、どんなインデックス構造になっているかとか、そのあたりの説明は省かれている。もちろんこれはこの作品の任務ではないので、不問にすべきだろう。
開発の重大な障害である「平板化」というのは分かりやすい。これはクオリア(という言葉はなぜか出てこない。意識的に採用しなかったのか?)の喪失ということのように思えて、マンマシンインターフェースの不備ということだろう(簡単に言えば、手袋着けてものに触るような感じを連想した)。二重化による検閲的な手法と、平均による最適化みたいな手法とが対立するが、いや、もっと根本的な問題ではないかとも思えた。
脳科学では知能と身体性との密接な連関(身体無くして知能なし)ということが言われたように記憶する(んだけど、これは既に解決してたんだっけ?)が、ここで描かれる物語創作マシン《Wanna be》には身体は無い。その辺りがちょっと引っかかった。〈身体性〉については主人公サマンサの病苦に注目するあまり、厄介な存在という面ばかりが強調されていないか?
さて、人工知能の話より、この作品の主人公のサマンサの死に対する恐怖こそが実はメインテーマなのであった。それ自体は、あくまでも原始人と同様の動物としての死なのであって、彼女の生い立ちや家族との葛藤、人間関係の軋みなどの、やや自信過剰な女性のありきたりで凡庸なシチュエーションがあるわけだが、そこに人工知能がからんで〈恋愛〉状況が現出し、さらには《彼》が「物語(ヒトから言葉を奪う)」として完結するための死を選ぶことで、ひとつの救い(のようなもの)が描かれる。しかし、それに続く自分自身のコピー《サマンサ》との対話で、救いはまたひっくり返されているように思える。そして、「動物のように尊厳なく死んだ」という最後の一文。これはかなり微妙な展開で、正直どう受け止めれば良いのか整理がついていない。
というわけで、未消化感の残る状態にある。読み直すべきか?
何はともあれ、今年の日本SF界最大の力作に間違いはないだろう。
「難解」というのとはちょっと違う。読んでて次々に出てくる言葉からの連想の割り込みがかかり、視線が移動せずしばらく他のことを考え始めてしまっているという風になって、読書が捗らないのだ。どういうことなのか、も含めて考えたい。
あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
- 作者: 長谷 敏司
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2009/08
- メディア: 単行本
この著者(Twitterでは@hose_sさん)の作品を読むのは初めてだ。ラノベの「円環少女」というファンタジーバトル作品シリーズが売れているらしい。あと、ub7637さんが推薦していたSF「戦略拠点32098」てのもあるようだ。
で、この作品、早川書房の「Jコレクション」という堂々のメディア上に登場し、しかも腰巻きの惹句が「イーガン、チャンを経由し伊藤計劃に肉薄する、SF史上、最も無機的で最も感傷的な“死”の情景」と凄い表現がされていて、これは読まずばなるまいと、ネット上で騒がれていたこともあって、発売即購入。
正直かなり読みにくかった。最初に書いたように、頭が中断してしまうことの他に、文章がいまいちこなれていないので、引っかかる。つまりリーダビリティが低い。題材が題材だけに、難解な概念を用いているということもあるし、大きな部分を占める心理描写も分かりにくい。自分の頭が耄碌して来て読解力が落ちているのか、という不安に襲われた。(いやこれは実際あるのだろうけど…)
しかし、内容の重さと道具立ての興味深さ、そしてディテールの迫真力は大変なもので、これは容易ならざる作品だ、と引き込まれた。
私はネット上に数多あるであろう情報を読まないで先入観や予備知識を排して読むことにした。さらにレビューを書く段階に至っても依然読まずに居る。只でさえ書きにくい感想が混乱しそうだから。だから、多分頓珍漢なことや誤読の多い文章になるだろう。感想をまとめる際には他人の読み方で気づかなかったところに気づく、というのは良いことだろうが、影響されて読み手としての主体性が侵されるようなところがあるので。
プロローグでいきなり主人公の死が描かれる小説というのもあまり無いのではないか? しかも、その苦痛の描写が凄い。今まで、読んでて身体感覚に最も大きな影響を覚えたのはディックの「ユービック」で、あれの疲労感は大変なものだったが、それに匹敵するかもしれない。いきなりこれでは、投げ出す読者も居るんじゃなかろうか?
テーマは〈人工知能〉である。このテーマのSFは沢山あるだろうけれど、この作品くらいにその技術的手法について詳細に展開したものは少ないだろう。いま思いつくのはホーガンの「未来の二つの顔」くらいか。(いや、私が知らないだけか)
安易にチューリングテストをクリアしてしまう設定の多くの作品は、まぁそれなりにその後の展開を考察する方に主眼があるので別に構わないのだが、いかにして意識を構築するか自体を追究する作品というのは果敢な試みと評価できる。作者の勉強ぶりは相当なものと思える。(巻末に参考文献リストが欲しいくらいだ)
と言っても、ナノマシンの「疑似神経回路」でヒトの脳をシミュレートする、とかITP(Image Transfer Protocol)という言語で脳を記述出来るというアイディアには、かなり無理があるような気がする。(これはまぁ、無粋なツッコミなんだろうが)脳の複雑さはそんなもんじゃないだろう?という気がしてしまうわけだ。脳をテキストデータ化してディスクに保存したり(いったい何テラ、いや何ペタバイトの容量なんだ?!)しているのだが、それはプレーンテキストな筈がなく、当然ハイパーテキスト(それも単なるリンクではなく、近さや太さや途中条件分岐付きの多次元のリンク)になっているんだろうけど、どんなインデックス構造になっているかとか、そのあたりの説明は省かれている。もちろんこれはこの作品の任務ではないので、不問にすべきだろう。
開発の重大な障害である「平板化」というのは分かりやすい。これはクオリア(という言葉はなぜか出てこない。意識的に採用しなかったのか?)の喪失ということのように思えて、マンマシンインターフェースの不備ということだろう(簡単に言えば、手袋着けてものに触るような感じを連想した)。二重化による検閲的な手法と、平均による最適化みたいな手法とが対立するが、いや、もっと根本的な問題ではないかとも思えた。
脳科学では知能と身体性との密接な連関(身体無くして知能なし)ということが言われたように記憶する(んだけど、これは既に解決してたんだっけ?)が、ここで描かれる物語創作マシン《Wanna be》には身体は無い。その辺りがちょっと引っかかった。〈身体性〉については主人公サマンサの病苦に注目するあまり、厄介な存在という面ばかりが強調されていないか?
さて、人工知能の話より、この作品の主人公のサマンサの死に対する恐怖こそが実はメインテーマなのであった。それ自体は、あくまでも原始人と同様の動物としての死なのであって、彼女の生い立ちや家族との葛藤、人間関係の軋みなどの、やや自信過剰な女性のありきたりで凡庸なシチュエーションがあるわけだが、そこに人工知能がからんで〈恋愛〉状況が現出し、さらには《彼》が「物語(ヒトから言葉を奪う)」として完結するための死を選ぶことで、ひとつの救い(のようなもの)が描かれる。しかし、それに続く自分自身のコピー《サマンサ》との対話で、救いはまたひっくり返されているように思える。そして、「動物のように尊厳なく死んだ」という最後の一文。これはかなり微妙な展開で、正直どう受け止めれば良いのか整理がついていない。
というわけで、未消化感の残る状態にある。読み直すべきか?
何はともあれ、今年の日本SF界最大の力作に間違いはないだろう。
うーん、Amazonにまだ1件もレビューが無い。
やはりみな感想書くのに苦慮してるのか?
by ask (2009-09-06 13:45)
凄いわかり易いレビューですね。さすがは年の功。言葉足らずで心象オンリーな私の感想とは格が違った。
>>「難解」というのとはちょっと違う。
多分私のところから取ったんですよね? まあ、『理解することが難しい』という意味で取っていただければ。複雑な事象は苦手です。
>>「動物のように尊厳なく死んだ」という最後の一文。これはかなり微妙な展開で、正直どう受け止めれば良いのか整理がついていない。
最後の追い討ちの一文なのか、それとも彼女の解放を意味する言葉がこれになったのかもしれませんね。どんな形でも『ゴール』を迎えられたことに意味があるかもしれませんね。
by SHI-NO (2009-09-07 01:08)
>最後の追い討ちの一文なのか、それとも彼女の解放を意味する言葉がこれになったのかもしれませんね。
ub7637さんがTwitterで言ってたんだけど、エピローグがプロローグに循環というか、繋がってるんですよね。
「尊厳なく」って冷たい言い方のように聞こえるけど、含蓄が凄いです。
by ask (2009-09-07 23:11)