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料理の味を表現する言葉 [言葉]

というものに以前から関心があった。
 一時期流行った「まったり」とか。これを初めて聞いたときはなんとなく〈のんびりゆったり、ふわふわ〉とした感じを抱いたものの、それが実際にはどんな味なのか推測できず、困惑した記憶がある。
 そもそも味覚という極めて個人的な体験を、言葉によってどのように伝えられるのか?というのは難問だろう。
 視覚なら、色形大きさ動きなどを客観的に表す言葉は沢山ある。(色については各人が本当はどんな色に見えているかはわからないものの、サンプルを共有することで客観的に通用するだろう。)聴覚も擬音語があるし、触覚も「ざらざら」とか「すべすべ」とか「ぐさっ」とか「ひりひり」とか擬態語がある。
 「まったり」だって擬態語の内に入るだろうが、意味はいまいち不明瞭だ。言葉が弱いのは味覚だけでなく嗅覚も同様だが、犬ならぬヒトの身としては極めて退化鈍化した感覚なので、大した語彙はないし、必要もないだろう(フェロモンは非言語的コミュニケーションだし)。それとは逆に、人類は膨大な種類の、殆ど無限と言っていいくらいの調理法を編み出し享受している訳で、これはどんな動物も及ばない、ヒトのみが到達し得た進化の粋とも言うべきものだ。なのに、臭覚並み(よりは多様とはいえ)の表現語彙しか無いのはいかにもアンバランスではないだろうか?と。
 直接的な(味蕾細胞に一対一対応した)表現としては「甘い」「辛い」「酸っぱい」「苦い」「旨い」があるが、これらは勿論味の基本構成要素には違いないものの、実際の料理の味わいの複雑精妙さは、とてもこの基本単語の順列組み合わせだけでは表現出来ない。味の構成要素には他にも、歯応え、舌触り、硬軟、冷温、匂い、喉越し、見た目など他の(嗅覚や触覚・視覚)関連要素が深く関わる。あるいはその時の気分とかシチュエーションまでからんで来たりもする。ことここに至っては、いくら言葉というものには新語造語能力があると言っても、とてもカバーしきれまい。結局下手なグルメ番組タレントみたいに「うまーい」としか言えず、苦るしまぎれに「まいうー」などとほざいたりするしかないのだ。
 ちなみにこの「美味い」だが、ありとあらゆる食べ物に使える非常に便利な言葉ではあるが、「では訊くが…どんな風に美味いのか?」と言われたら殆ど誰も二の句が継げないのが実情だろう。
 私は「美味い」とは一体どういう現象なのか、ということに以前から興味があるのだが、「それはひとつのクオリアです」とか言われても、納得がいかないのだった。個人間や文化間の好みの差はあるとは言え、「個人は万物の尺度」ではなく、「客観的美味しさは存在する」だろうと思われる。評判の良い料理店、修行の末に天才的な技量を身につけた料理人、という存在は、そういう客観存在を証明しているだろう。
 それにしても、まだ人類が遭遇したことのない新しい料理が創案されたとして、その美味さの評価は恐らく万人共通となるだろうが、それは一体どういうメカニズムで決まるのだろうか。また、同じ料理でも作り方で雲泥の差が生じたりするが、そこでは塩加減、加熱時間などの微妙な塩梅が決定的に美味しさを左右するらしいのだが、そこに万古不易の法則がある筈ではないか?
 と、話が逸れてしまったが、味覚に関する言語表現について、その蘊蓄を語った本を図書館で見つけて借りて読んだ。 
食味形容語辞典

食味形容語辞典

  • 作者: 大岡 玲
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1996/04
  • メディア: 単行本

これはもう絶版。
文庫版が、タイトル変えて出ており
決定版 日本グルメ語辞典 (小学館文庫)

決定版 日本グルメ語辞典 (小学館文庫)

  • 作者: 大岡 玲
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1999/10
  • メディア: 文庫


こちらは入手可能だろう。
内容(「BOOK」データベースより) キレ、コシ、深い、立つ、豊潤、滋味、野趣、淡麗、高貴、食べ頃、豪快、乙、とろける、本物、凝縮、さっぱり、はんなり、やみつき、玄妙、魅惑ほか味を表現する36の日本語を徹底分析した本邦初の味な辞典 食卓に一冊。グルメ撃退に抜群の効果あり。
 という訳で、現在日本語が獲得している(良い方の意味の)食味形容語をかなりの部分網羅している。著者の食通ぶりはなかなかのものだ。しかも語り口が抜群に面白い。私の好みの、ユーモアと諧謔に満ちている。おすすめの一品じゃない一冊。
 例えばこんな具合。
そうなのだ。「やみつき」は、基本的にはくさったようなもの、原料をひとひねりふたひねりしたひねくれ者の食品に生じる現象なのである。
 それにしても、文庫本の方の解説をかの山本益博氏が書いてるらしいのだが、
>わが座右の書である。美味しい料理を食べて、しばし絶句し、しばらくしてもその美味なる表現に窮したときなど、この辞典を開くと、たちどころに解消する。そればかりでない、"キレ"からはじまって"グルメ"に至るまで、食味形容語に対する深い考察があって、文章を考える上でこの上なくありがたい辞典
とベタ褒めなのだが、私が読んだ所では、暗に山本氏の表現を揶揄してるなァ、と思った個所がいくつかあったんだけれど、その山本氏が絶賛してるとは驚いた。気がついていないのか、それともそれを合わせ呑込むほどの度量なのか?わからない。
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peco

本当に美味しい物を食べたときって、案外、言葉が出ない気がします。
「おっ!」って言ってそれっきり黙り込んで食べている様な気が…。
本当に怖いと「キャー」って言えないのと同じです。ジェットコースターでキャーって言ってる人は、余裕があるんじゃなかろうかといつも思います。
by peco (2009-07-01 11:21) 

ask

>案外、言葉が出ない
そうですね。言えてる、と思います。つまり「うまい!」は形容詞というより「感動詞」または「間投詞」なんでしょうね。「あつい!」とか「いたい!」と同様。
 で、言葉を発するには、呼吸の制御、声帯の振動、下や唇の制御などが必須で、おっしゃる通り「余裕」が無いとそれどころでなく、もうひたすらそれを感受するするだけ、の絶句状態になってしまうんでしょうね。
by ask (2009-07-01 11:35) 

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